4. 周囲の戸惑い
違和感は、声にならないまま広がっていった。
王国側の役人は、儀式の終了を告げる合図を待ちながら、主人公の横顔を盗み見ている。通常であれば、この場で勇者は何らかの言葉を述べる。決意、忠誠、あるいは簡単な謝辞でもよい。そうした発言は儀式の一部であり、進行表には明記されていなくとも、暗黙の手順として組み込まれていた。
だが、主人公は語らない。
背筋を伸ばしたまま立ち、称号を受け取った事実を、肯定も否定もせずにそのままにしている。
役人は違和感を覚える。
不満ではない。反抗でもない。ただ、次に進むための言葉が出てこないことへの、実務的な戸惑いだった。報告書のどこに何を書けばいいのか、その判断が一瞬遅れる。
司祭もまた、沈黙を見つめている。
彼はそれを疑念としては扱わない。疑う必要はない、と自分に言い聞かせる。予言は確認され、条件は満たされ、称号は正式に付与された。理解しているはずだ。使命とは、説明されるものではなく、受け取るものなのだから。
司祭は視線を伏せ、短く祈りの言葉を唱える。
その祈りは神に向けられているようでいて、実際には自分自身に向けられていた。
群衆は、拍手のきっかけを探している。
誰かが立ち上がれば、それに続く準備はできている。だが、勇者自身が何も発しないため、合図が来ない。歓声は喉元まで上がっているが、放たれる順番を失っている。
一拍の遅れ。
それから誰かが、少し遅すぎる拍手を始める。
音はすぐに揃う。
予定調和の歓声が、大聖堂を満たす。だが、その熱量はどこか慎重で、様子をうかがうようなものだった。人々は自分の反応が正しいかどうかを、互いの顔色で確認している。
主人公は、その中に立っている。
拍手を受け取る姿勢も、拒む素振りも見せない。ただ、起きていることを事実として受け止めているように見える。
歴史編纂者は、この場面を一行で済ませている。
――勇者は任命を受けたが、反応は薄かった。
それ以上の注釈はない。
理由も、解釈も、付け加えられていない。
記録としては、それで十分だった。
反応が薄かったという事実だけが残り、その薄さが何を意味していたのかは、後の時代に委ねられる。
儀式はそのまま次の段階へ進む。
祝宴の準備が始まり、通達が配られ、人々は「勇者誕生」という出来事を、それぞれの理解の仕方で持ち帰っていく。
違和感は、誰のものにもならない。
指摘されず、共有されず、ただ空気の中に薄く残る。
そしてその違和感こそが、
この勇者に最初に向けられた、世界の正直な反応だった。




