3. 言葉としての称号
それは、剣ではなかった。
儀式が終わり、祝福の言葉が一通り尽くされた後、主人公の前に差し出されたのは、一枚の書面だった。厚手の紙に、教会と王国双方の印章が押され、角はすでに何度か触れられた痕がある。重みはないが、扱いは慎重だった。
司祭が宣言文を読み上げる。
声は高らかでも低くもなく、記録に残すのに適した調子だった。
そこに記されているのは力の授与ではない。
加護や奇跡の約束もない。あるのは定義だった。
――以後、この者を「勇者」と呼ぶ。
文はそれだけでは終わらない。
「勇者」に期待される行為、取るべき態度、避けるべき逸脱が、曖昧な言葉で連ねられている。曖昧であるがゆえに、どこまでも拡張できる文言だった。
剣や装備は、その後に運び込まれる。
だがそれらは形式であり、象徴だった。先に渡された言葉こそが、最初の支給品だった。
主人公は書面を受け取り、目を落とす。
一行ずつ、確かめるように読む。その様子に、急かす者はいない。儀式はすでに終わっており、時間は記録の外にある。
彼は読み終えると、もう一度、冒頭に戻った。
「勇者」という語が、どのような文脈で使われているのかを確かめるように。
問いは発せられなかった。
「何をすれば勇者なのか」とも、「これは拒否できるのか」とも尋ねない。
周囲は、それを理解の証と受け取る。
理解とは、同意のことだと多くの者は考えている。沈黙は承諾と等価であり、文書は効力を持つ。
歴史編纂者は後年、この場面を次のように記している。
――称号はその場で力を与えなかったが、行動の可能性を限定した。彼が何をするかよりも、何をしてよいと見なされるかが、先に決められたのである。
主人公は書面を折り、懐にしまう。
それで十分だった。
彼の背後で、人々はすでに「勇者」と呼びかけ始めている。
呼ばれるたびに、その語は少しずつ現実に重さを持つ。
言葉は、こうして先に歩き始める。
持ち主が、まだ動いていないにもかかわらず。




