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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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2.玉座の距離

魔王は玉座に座したまま、動かなかった。

立ち上がる必要はない。

その位置こそが、魔王という存在の定義であり、

これまで幾度となく、戦いはそこから始まってきた。


勇者は、一定の距離を保って立っている。

近すぎず、遠すぎない。

一歩踏み出せば剣が届くが、

その一歩を踏み出す意思が感じられない距離だった。


剣は帯びている。

だが、手は柄に触れていない。

指先は力を抜き、

いつでも動けるが、動く理由を持たない形をしている。


互いに敵意は示していない。

しかし、友好の兆しもない。

緊張はあるが、切迫してはいなかった。


魔王は観察する。


この勇者は、

「討伐に来た者の姿勢」をしていない。


構えていない。

名乗らない。

宣言しない。


本来ならば、ここで語られるはずの言葉がある。


――魔王を倒しに来た。

――世界のために。

――正義の名のもとに。


だが、勇者はそれらを一切口にしない。


彼は、行為を始めるための言葉を使っていなかった。


剣を抜く理由を提示しない。

戦闘を開始する前提を共有しない。

この場が「決戦」であると、定義しない。


魔王は気づく。


この者は、戦う準備ではなく、

「何かが始まること」を前提にしていない。


玉座の間に流れる時間は、

これまでのどの勇者来訪とも異なっていた。


戦闘前の静けさではない。

嵐の前触れでもない。


ただ、距離だけが存在していた。

意味づけされていない距離が、

二人の間に、確かに保たれていた。

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