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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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3.勝利条件の空白

最初の議題が保留された後、会議は形式を保ったまま続行された。

記録官が筆を止め、次の項目を待っている。


王国代表は、間を埋めるように書類を繰り、次の提案を読み上げた。


「和平交渉の前提として、

 各勢力における『勝利条件』の確認を行いたいと考えます」


その言い方には、慎重な配慮があった。

勝敗を競うのではない。

定義を揃えるための、形式的な確認に過ぎない――はずだった。


王国側の立場は明確だった。


「我が国にとっての勝利とは、治安の維持です」


それはすでに達成されている。

犯罪は抑制され、反乱も起きていない。

数字の上では、王国は勝利し続けている状態にあった。


教会側の代表は、少し考えてから口を開く。


「教会における勝利は、使命の完遂です」


そう言ってから、言葉を補う。


「ただし……完遂の条件については、現在も進行中の議論となっております」


使命は終わっていない。

だが、終わり方も決まっていない。

勝利は理念として存在するが、到達点が示されていなかった。


魔王軍側の代表は、最後に簡潔に述べる。


「我々にとっての勝利は、侵攻の成功です」


それ以上は言わなかった。

侵攻は、まだ発動していない。

成功も、失敗も、評価の対象になっていない。


三つの勝利条件が、円卓の上に並ぶ。


いずれも正しい。

いずれも矛盾していない。

だが、共通点がない。


さらに致命的だったのは、どの定義にも「敗北」が含まれていないことだった。


治安は、失われていない。

使命は、否定されていない。

侵攻は、始まっていない。


負ける可能性が想定されていない以上、

勝利は比較の対象を持たない。


王国代表は、沈黙を受け止めて結論を述べた。


「勝利条件を定めるためには、

 前提となる状況認識が不足しているようです」


異議は出なかった。

訂正もなかった。


記録官は、慎重に筆を走らせる。


――勝利条件については、引き続き整理を要する。


円卓には、再び空白が生まれた。

そこには敗北も、終結も存在しない。


ただ、未来に置かれるはずだった条件だけが、

最初から欠けていた。

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