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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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2.議題設定の失敗

灰色庁舎の会議室は、用途のためだけに存在する空間だった。

装飾は最小限で、窓から入る光も均等に拡散されている。影が偏らないよう設計されたその部屋では、立場の違いが視覚的に強調されることはない。


円卓の周囲に、三勢力の代表と勇者が着席していた。

誰も中央に立たず、誰も上座にいない。

ここでは、発言の重さだけが人を区別する。


王国代表が、手元の書類を整えて口を開いた。


「本日の議題案です」


声は落ち着いており、すでに数度繰り返した手順のようだった。


「第一に、敵対関係の整理。

 第二に、戦争終結条件の確認」


どちらも、和平交渉には欠かせない項目である。

少なくとも、通常であれば。


教会側の代表が、すぐに言葉を選び始めた。


「敵対、という表現ですが……」


一拍置き、慎重に続ける。


「それは我々にとって、使命の一側面に過ぎません。

 固定された対象として明示することは、適切ではないかと」


敵は存在する。

だが、名指しはできない。

教会の語りは、常にそうだった。


次に、魔王軍側の代表が低く答える。


「敵対は否定されておりません」


それは肯定にも聞こえる言い回しだった。


「しかし、現在発生しているとは報告されていない」


敵はいる。

だが、交戦は起きていない。

ゆえに、整理すべき実体がない。


王国代表は、一度資料に目を落とした。


「本件に関してですが……」


言葉を整え、続ける。


「そもそも、戦争状態の公式宣言が存在しておりません」


誰もそれを否定しない。

宣戦布告も、動員命令も、開始日時も存在しない。


円卓の上に、沈黙が落ちる。


敵対は、概念としては存在する。

だが、定義されていない。

戦争もまた、語としては共有されているが、状態としては確認されていない。


議題は、そこで止まった。


「敵」とは誰か。

その問いに、誰も答えられない。


王国代表は結論を述べる。


「本議題は、定義の整理が必要であるため、保留といたします」


異論は出なかった。

反論もなかった。


勇者は、その間、一言も発していない。

ただ、卓上の書類に目を通し、誰の言葉にも首を縦にも横にも振らなかった。


こうして、最初の議題は成立しなかった。

話し合いは行われた。

だが、話す対象が定まらないまま、次へ進むことになった。


灰色庁舎の会議室は、依然として静かだった。

議題だけが、置き去りにされていた。

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