2. 勇者選定の儀式
主人公の名が呼ばれる理由は明示されず、「条件を満たした」とだけ宣言される。
主人公は否定も肯定もせず、一拍置いてから称号を受け取る。
周囲は歓声を上げるが、その熱量はどこか予定調和的。
歴史編纂者の注釈:
「この沈黙を謙虚さと解釈する者もいれば、動揺と見る者もいた」 小説化
大聖堂は満ちていた。
人で、音で、そして「起こるはずの何か」で。
天井の高みから差し込む光は計算された角度で祭壇を照らし、床に描かれた紋章を過不足なく浮かび上がらせている。司祭たちは定められた位置に立ち、祈りの言葉を一字も違えず唱えた。その声は重なり、反響し、やがて意味よりも響きとして空間を満たした。
だが、奇跡的現象は起きなかった。
光が強まることもなく、風が吹き込むこともない。鐘は鳴ったが、それは合図として用意されていた音だった。
儀式は滞りなく進む。
予言文が朗読され、条件が確認されたと宣言される。条件の内容については触れられない。触れられないまま、「満たされた」という結果だけが告げられる。
そして、名が呼ばれた。
その名がなぜ選ばれたのかを説明する者はいない。
血筋でも、武勲でも、信仰の深さでもない。ただ、「条件を満たした者」として、主人公は前へ進み出る。
彼は否定しなかった。
同時に、肯定もしなかった。
一拍の沈黙があった。
長くはないが、無視できない間だった。その間に、司祭は次の言葉を待ち、群衆は拍手の準備をし、王国の役人は儀式の進行表を頭の中で確認した。
やがて主人公は差し出された文書を受け取る。
そこには剣ではなく、称号が記されている。装飾された文字で、「勇者」と。
その瞬間、歓声が上がる。
訓練された反応のように、遅れも早まりもなく、予定通りの熱量で。人々は立ち上がり、拍手を送り、世界が次の段階に進んだことを確認し合う。
主人公はその中に立ち、特別な表情を見せない。
高揚も、恐れも、決意も、読み取れるほどには表に出ない。
後年、歴史編纂者はこの場面に短い注釈を添えている。
――この沈黙を謙虚さと解釈する者もいれば、動揺と見る者もいた。いずれにせよ、彼がその場で何かを宣言しなかったことだけは、確かである。
儀式は続き、祝福の言葉が重ねられる。
だが、そのどれもが主人公の内側に踏み込むことはなかった。
こうして勇者は選ばれた。
理由は示されず、奇跡も伴わず、ただ言葉だけが正式に与えられて。
大聖堂の外では、人々がすでに次の物語を語り始めていた。
勇者が現れ、世界が動き出した、と。
その物語が、どこまで本人のものになるのかを知る者は、まだいない。




