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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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2.更新され続ける計画

戦略記録塔は、魔王城の中でも最も静かな場所にあった。

戦場の喧噪から遠く、命令の怒号も届かない。ここでは、戦争は音ではなく文字として存在している。


高い書架に囲まれた机で、記録官は今日も侵攻計画書を広げていた。羊皮紙の表面は、何度も書き換えられた跡で柔らかくなっている。彼は新しい日付を書き込み、前回の数値を見直した。


兵力配分、補給線、進軍速度。

どれも僅かな調整に過ぎない。増えもせず、減りもせず、ただ「最新」に更新されていく。


想定戦況図に赤い印を引き直しながら、彼は一つの欄を避けるように視線を滑らせた。


――発動条件。


そこには、最初から同じ項目が並んでいる。

敵混乱度。

反攻兆候。

指導系統の崩壊。


しかし、どの項目にも数字は入っていなかった。空白のままだ。


書こうと思えば、言葉は浮かぶ。

「混乱は確認されていない」

「反攻の兆しなし」


だが、それを書いた瞬間、それは報告ではなく断定になる。断定は、虚偽に最も近い。記録官はそれを知っていた。


彼はペン先を宙で止め、静かに息を吐く。


進んでいないのではない。

計画は、確かに更新されている。

紙の上では、侵攻は何度も準備された。


ただ――進む理由が、どこにも存在しないのだ。


敵は弱っていない。

だが、強くもない。

脅威はない。

しかし、好機もない。


彼は発動条件欄をそのままにし、別の注記を書き足す。


「情勢:前回報告と大差なし」


その一文を書き終えたとき、巻物の余白が目に入った。

以前より、明らかに広い。


文字は増えているのに、意味のある部分は広がらない。更新されるたび、書かれない部分だけが増えていく。余白は、時間の蓄積のように静かに広がっていた。


記録官は巻物を丁寧に巻き直し、棚に戻す。

その動作は正確で、何の迷いもなかった。


戦略記録塔では今日も、侵攻計画が最新の状態に保たれている。

ただし――発動される予定は、どこにも記されていなかった。

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