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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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第五部:魔王軍内部の停滞 1.会議が進まない

魔王城の最上階、黒曜石の床が広がる最高戦略会議室では、いつもと同じ時刻に、いつもと同じ席順で幹部たちが集まっていた。天井に刻まれた古い紋章も、壁際に並ぶ戦況図も、何一つ変わっていない。変わっていないからこそ、この会議は始められた。


議題も例年通りだった。

侵攻計画の進捗。

人間側の混乱状況。

そして――勇者の動向。


最初に報告に立ったのは軍備担当の幹部だった。書類を開き、淡々と述べる。


「戦力は、予定通り整っております。補給、訓練、配置、いずれも問題ありません」


次に諜報担当が前に出る。


「人間側の反抗行動、内部混乱、指導者層の動揺は確認されておりません。治安は安定しています」


その言葉に、誰も反論しなかった。数値も記録も揃っている。異常値はない。


最後に、勇者担当――いつの間にかそう呼ばれるようになった役職の幹部が、短く頭を下げる。


「勇者の行動記録は、提出できるものがありません」


一瞬、空気が止まった。しかし驚きの声は上がらない。それ自体が、すでに何度も繰り返されてきた報告だったからだ。


「交戦もなく、演説もなく、指示や妨害の痕跡もありません。現地で確認されているのは、会話のみです」


誰かが咳払いをした。だが、それ以上の言葉は続かなかった。


議長役の幹部が問いかける。


「では、好機は到来していると判断できるか?」


沈黙ののち、同じ報告が繰り返される。


「障害は確認されておりません」

「ですが、好機と断定できる材料がありません」


障害がない。敵も混乱していない。英雄も動かない。

どこにも、踏み出す理由が存在しなかった。


結論は自然に決まった。決めざるを得なかった、と言う方が正しい。


「本件は保留とする」


書記官が羽根ペンを走らせる。

侵攻判断:保留。

理由:情勢安定。


会議は、滞りなく終了した。誰も反対せず、誰も敗北を口にしなかった。

ただ、次に何をすべきかを言える者が、誰一人としていなかっただけである。


魔王城の外では、今日も風が静かに吹いていた。

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