第一部 勇者の任命(言葉が与えられる) 1. 予言の再確認(儀式前段)
教会の地下文書庫は、昼でも薄暗かった。
光を避けているのではなく、光を必要としていない場所だった。
予言文は、石棺のような書架に納められている。
羊皮紙は何度も写本され、そのたびに文字の癖が変わり、文法は次第に崩れていった。主語が曖昧な箇所、時制が混ざった行、条件節なのか断定なのか判断できない文が、いくつもある。
司祭たちはそれを承知していた。
誰一人として「正しい解釈が分からない」とは言わない。ただ、「複数の読みが可能である」と慎重な言葉を選ぶ。
会議では、いくつかの解釈案が並べられる。
どれも致命的に間違っているとは言えず、同時に決定的でもない。最終的に採用されるのは、もっとも角が立たず、過去の儀式記録と矛盾しない読みだった。
「重要なのは――」
年長の司祭が、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「予言が今も有効であると確認されることです」
誰も反論しなかった。
予言の内容が何を意味するかよりも、それが失効していないと宣言できることの方が重要だった。もし失効していると判断されれば、これまで積み重ねてきた儀式と教義の多くが宙に浮く。
王国側の立会人は、解釈の議論には加わらない。
彼らが求めているのは結論ではなく日程だった。
「予定通り、儀式は行われるのですね」
確認はそれだけで十分だった。
教会が予言を有効とし、儀式が行われる。
それで王国は準備を進められる。
文書庫を出るとき、若い司祭が一度だけ予言文を振り返った。
そこに何が書かれているのか、彼自身も正確には言えない。ただ、書かれているという事実だけが、確かな重みを持って残っていた。
こうして、予言は再び確認される。
内容が理解されたからではなく、
理解されないままでも、使い続けられるものとして。




