2.教会記録の分岐
教会本部の奥深く、
教義保存室と巡察報告編纂室は、長い回廊でつながっている。
保存室には、過去の奇跡と教義が静かに眠っていた。
編纂室には、現在進行形の報告が絶えず運び込まれていた。
各地の司祭から届く文書は、似通った言葉を含んでいる。
――魔法未成立。
――奇跡未確認。
だが、どの報告にも、決定的な一文が欠けていた。
信仰放棄の兆候なし。
教義否定の言動なし。
祈りは続けられている。
聖句は唱えられている。
人々は、教会を離れていない。
それゆえに、報告は扱いに困る。
教義編纂司祭たちは、机を囲み、文面を読み比べる。
問題は事象そのものではなく、言葉の置き場所だった。
「“失敗”という表現は強すぎる」
誰かが言い、別の者が頷く。
「これは失敗ではない。
結果がまだ、成熟していないだけだ」
修正案が書き込まれる。
失敗 → 未成熟
停止 → 保留
魔法は止まったのではない。
奇跡は否定されたのではない。
ただ、今は起きていないだけだ。
成果を示す欄について、しばし沈黙が落ちる。
従来は、奇跡の発現数、魔法成立率が並んでいた。
だが、今期は数字が書けない。
「指標を変えましょう」
提案は穏やかに、しかし確定的だった。
成果:進行中
それは否定でも肯定でもない、便利な語だった。
止まっていないことだけを示し、
どこまで進んだかを問わない。
文書上、使命は一貫している。
世界を救済する。
信仰を導く。
秩序を守る。
どの文書にも、その使命は明記されている。
だが、達成度を示す指標は、どこにも存在しない。
達成されていないとは書けない。
達成されたとも書けない。
それでも、結論文は必要だった。
教会の使命は滞りなく継続中である。
信仰状態は安定している。
その文言は、保存室に収められることなく、
編纂室から各部署へと配布される。
誰も嘘をついていない。
ただ、何を測るべきかを、誰も定義していないだけだった。
後年、歴史編纂者はこの時期の教会文書について、短く記す。
この頃、教会は言葉を整えることで秩序を保った。
そして、整えられた言葉は、
もはや現実を指し示してはいなかった。




