5.勇者への視線
それ以降、勇者は行く先々で呼び止められるようになった。
公式の尋問ではない。忠告でもない。
ただ、判断を仰ぐような問いかけが増えただけだった。
「君は、どうすべきだと思う?」
「普通なら、どうする?」
問う者たちは、答えを強要していない。
むしろ、誰かが決めてくれることを期待しているようだった。
勇者は、どの問いに対しても態度を変えなかった。
肯定も否定もしない。
指示も提案もしない。
代わりに、静かに問いを返す。
「その理解は、共有されていますか?」
問い返された者は、一瞬言葉を失う。
自分が何を前提に話していたのかを、思い返さざるを得なくなるからだ。
だが、多くの場合、答えは出ない。
苛立ちは、まだ生まれていなかった。
代わりに広がっていたのは、不安だった。
「これまで、何を前提に動いていたのだろう」
「誰と、どこまで合意していたのだろう」
勇者は何も壊していない。
だが、確かだったはずの足場が、少しずつ曖昧になっていく。
それでも、世界は平穏だった。
魔物の侵攻は起きていない。
王国の秩序も、教会の教義も、表向きは維持されている。
ただ、「当然のように進んでいたはずのこと」が、進まなくなり始めていた。
誰もそれを止められない。
止める理由が存在しないからだ。
問題は起きていない。
だから、問題は存在しない――そう判断される。
第二部は、そうして終わる。
後年、歴史編纂者はこの時期について、簡潔な注釈を残している。
この時期、人々は「問題が起きていない」ことを理由に、
問題が存在しないと判断した。
後に、それが最も高くついた判断であったと知られる。
勇者は、その中心にいた。
何も決めず、何も命じず、
ただ問いを返し続けながら。
そして世界は、まだ気づいていなかった。
問いそのものが、すでに行動であったということに。




