3.成立しない敵対
その境界地帯には、明確な線が引かれていなかった。
地図上では色分けされているが、現地に立てば草原が続いているだけで、人間領と魔物領を分ける標識は存在しない。
最初に互いを視認したのは、ほぼ同時だった。
人間側は小隊規模で、規定通りの陣形を取る。
魔物側は数で上回っていたが、距離を保ったまま動かない。
魔物は威嚇した。
牙を見せ、低い声を発し、こちらが敵である可能性を示す。
だが、一歩も踏み込んでこない。
人間側も、剣を構える。
だが、誰も合図を出さない。
緊張は高まっていたが、戦闘開始の瞬間だけが訪れない。
やがて、魔物の一体が前に出た。
人間の言葉を、たどたどしく使う。
「ここは、通行してよい場所か?」
問いは、攻撃宣言ではなかった。
確認だった。
人間側の指揮官は、少し考えてから答える。
「ここは、侵入されたことがない」
肯定でも否定でもない返答だった。
通行が許されているとも、禁止されているとも言っていない。
双方は、それ以上進めなくなる。
その場にいた勇者は、ゆっくりと前に出た。
武器を抜かず、両者の中間に立つ。
そして、静かに問いかける。
「互いに、
何をすれば敵になると、理解していますか?」
誰も答えない。
魔物側は、敵意を示す仕草を続けるが、それが何を意味するのかを言葉にできない。
人間側も、戦闘態勢を崩さないまま、攻撃に踏み切る理由を持たない。
時間だけが過ぎる。
やがて、魔物は距離を取り、草原の向こうへ戻っていく。
人間側も追撃しない。
戦闘は起きなかった。
後に残ったのは、にらみ合いの記憶だけである。
公式記録には、次のように記された。
にらみ合いの後、解散。
交戦なし。
それ以上の説明は添えられなかった。
敵対関係は、依然として存在していると扱われた。
だがこの日、誰もそれを確かめてはいない。
歴史編纂者は、後年この出来事をまとめて、短く書き添えている。
この場所では、
敵が存在しなかったのではない。
敵になる条件が、共有されていなかったのである。




