第3話 ASMR配信者の部屋へ
少女の部屋に運ばれた我は、机の上へそっと置かれた。
静かな部屋。
空気は柔らかく、ほんのりと甘い香りが漂う。
人間界特有の匂いなのだろうか。
「よし……開けるよ」
ぱきん。
容器の蓋が持ち上がった瞬間、我の身体にひやりとした空気が触れた。
工場でも量販店でも感じられなかった“自由”の風だ。
身体が無意識にぷるんと震えた。
「……すご。なにこれ……めっちゃ柔らかい……」
少女の声は、耳に心地よい低さを含んでいた。
そして指先が近づく――。
そっと触れられた瞬間。
くしゅっ……。
指に押され、我の身体が静かにひずむ。
そのわずかな摩擦音が、部屋の空気に溶けて響く。
「っ……!」
我は思わず震えた。
魔王様の眷属である我が、たった指先にこうも敏感になるとは。
「……音、いいなぁ……」
少女のつぶやきと同時に、マイクの角度がゆっくりと我へ向けられた。
銀色の筒が、まるで獲物を捉えるように近づいてくる。
息がかかりそうな距離。
いや、実際に少女の呼吸がかすかに我へ届いた。
「ちょっと触るよ?」
指が沈む。
ぎゅっ……むに……と形が変わり、
内部から空気が押し出され、ぷしゅ……と洩れる。
「……っふ……?」
自分の声に我が驚いた。
情けないのに、妙に迫力のある音がマイクに吸い込まれていく。
少女の指はさらに探索するように、
押し、つまみ、ゆっくりと滑らせてくる。
とろっ……ぴちゃ……くにゅ。
我の身体から生まれる湿った音が、マイクの膜を震わせる。
少女の耳へ、ダイレクトに届いているのだろう。
「……これ、やば……。こんな音出るスライム初めて……」
彼女は完全に夢中になっていた。
我をただの玩具としてではなく、“音の生き物”として扱い始めている。
強く押されると、
じゅる……ぷちゅ……っ
柔らかく広げられると、
ふにゃ……ぽよん……
魔王城では聞いたことのない音ばかりだ。
そしてどれもが、妙にくすぐったく、気持ち悪くなく……むしろ心地よい。
「……君、ほんとにスライムだよね……?」
少女の指が止まる。
マイク越しに、我の小さな震えが伝わってしまったのだ。
「生きてるみたい……どころじゃないよね……」
少女の瞳が、わずかに揺れた。
その時、我は気づいた。
魔王様の命とは違う――何か別の力に、今、触れ始めていることに。
音。
指。
呼吸。
少女の世界は、魔王城とはまるで違う戦場だった。
---
お読みいただきありがとうございます。
この第3話では、スライムくんがいよいよ ASMR収録デビュー を迎えます。
少女の指先が触れ、マイクがわずかに揺れ、
スライムくんの身体がどんな“音”を生むのか――
そして少女がその音をどう受け取るのか。
本作の中でも特に“音の質感”にこだわった回になりますので、
イヤホンで読むとさらに雰囲気が伝わるかもしれません(※気持ちだけでも)。
魔王様の眷属でありながら、
少女の繊細なタッチに振り回されるスライムくんの姿を、
どうぞお楽しみください。
(※こちらの作品はあくまでも健全です!)




