ミデン編 第十話 誰のために剣を振るうのか
入団式の翌日。
朝の訓練場は冷たい空気に包まれていた。
石畳の広場に新人騎士たちが整列し、剣を握りしめていた。緊張と期待が入り混じる空気の中、教官がゆっくりと歩み出た。
彼は年配の男で、背筋を伸ばし、鋭い目を持っていた。声は低く、だが広場全体に響いた。
「……剣を振るう者たちよ。まず問おう。君たちは、誰のために剣を振るうのか」
沈黙が広がった。
誰も答えられなかった。
剣を振るう理由は人それぞれだ。
名誉のため、家のため、己のため。
だが、騎士団に入った以上、その答えは一つでなければならなかった。
教官は、ゆっくりと歩きながら続けた。
「剣は己を誇るためのものではない。敵を斬るためだけのものでもない。剣は、守るためにある。民を守り、仲間を守り、王都を守る。それが、騎士の剣だ」
その言葉に、広場は静まり返った。
ミデンは、胸に刻んだ。
「……守るために振るう。それが、僕の剣だ」
教官の視線は彼に向けられた。
「……お前だ。剣に魔力を通したと聞いた。前例のない技だ。だが、問おう。お前は誰のためにその剣を振るう?」
視線が突き刺さる。
周囲の囁きが広がった。
「異端だ」
「危うい」
「強さこそすべてだろう」
ミデンは、拳を握りしめた。
「……僕は、守るために振るいます。仲間を、民を。そして、強くなれば、ヌルさんに追いつける」
その言葉に、教官は目を細めた。
「憧れている者がいるのか。……よい。だが忘れるな。騎士の剣は己のためだけではない。己の誇りを超えて、他者を守るためにある」
訓練が始まった。
新人騎士たちは剣を振り、型を繰り返した。
教官は声を張り上げた。
「呼吸に合わせろ! 恐怖を忘れるな! 仲間を守ることを忘れるな!」
その言葉は、ヌルの声と重なった。
『呼吸に合わせろ』
『怖さを忘れるな』
ミデンは、刃を振り続けた。汗が滴り、呼吸が荒くなっても、止めなかった。
昼。
訓練が終わり、広場に静寂が戻った。
教官は、再び声を張り上げた。
「今日学んだことを忘れるな。剣は己のためではない。民を守り、仲間を守るためにある。騎士団の剣は、そのために振るわれる」
その言葉に、ミデンは深く息を吸った。
胸の奥に、誓いが宿った。
「……守るために振るう。それが、僕の剣だ」
夕暮れ。
訓練場を後にしたミデンは、石畳を踏みしめながら空を見上げた。
茜色の空の向こうに、ヌルの背中を思い描いた。
「……強くなれば、また会える。だが、僕の剣は、仲間と民を守るためにある」
胸の奥に、誓いが宿った。
孤独ではなく、仲間と共に歩む誓い。
夜明け前の王都は、まだ眠っていた。
石畳の街路は薄暗く、灯りも消えている。
人々の声はなく、ただ風が旗を揺らす音だけが響いていた。
ミデンは、訓練場の片隅に立っていた。
仲間たちはまだ眠っている。
だが、彼は一人で剣を握り、稽古を始めようとしていた。
「……守るために振るう。それが、僕の剣だ」
胸の奥に誓いを刻み、短剣を抜いた。
最初の斬撃は、ぎこちなかった。
刃が空を裂く音は弱く、腕は震えていた。
だが、彼は止めなかった。呼吸を整え、再び斬撃を放つ。
「……呼吸に合わせろ」
ヌルの声が記憶の中で響いた。
彼は、深く息を吸い、吐きながら刃を振った。
その動作は、少しずつ滑らかになっていった。
剣を振るうたびに、汗が滴り落ちた。
呼吸が荒くなり、腕が重くなる。
だが、彼は止めなかった。孤独の中で、ただ剣を振り続けた。
「……恐怖を忘れるな」
ヌルの声が再び響いた。
彼は、胸の奥にある恐怖を思い出した。
魔物の牙、仲間の悲鳴、血の匂い。
その恐怖を忘れずに、刃を振った。
夜が明け、朝の光が訓練場に差し込んだ。
石畳が輝き、影が伸びた。
ミデンは、短剣を構え直した。
「……守るために振るう」
踏み込み、斬撃。
刃が空を裂き、光が散った。
その瞬間、刃に淡い光が宿った。
剣に魔力を通す技――ヌルから受け継いだ唯一の技。
彼は、呼吸に合わせて刃を振り続けた。
光が散り、空気が震える。
孤独の中で、彼は技を磨いていた。
「……異端でも構わない。僕は、守るために振るう」
その言葉は、静かに訓練場に響いた。
昼。
仲間たちが訓練場に集まってきた。
だが、ミデンはまだ剣を振っていた。
汗に濡れ、呼吸が荒くなっても、止めなかった。
仲間たちは、彼の姿を見て囁いた。
「……あれが、剣に魔力を通す奴か」
「努力は本物だ」
視線が突き刺さる。
だが、彼は止めなかった。
夕暮れ。
空が茜色に染まり、影が長く伸びた。
ミデンは、短剣を収めた。
腕は震え、足は重かった。
だが、胸の奥には熱が宿っていた。
「……守るために振るう。早く追いつきたい」
彼は、拳を握りしめた。
孤独の稽古は、誓いを深める時間だった。
夜。
宿の部屋で、蝋燭の灯りが揺れていた。
ミデンは、机に向かっていた。
紙に、誓いを書き留める。
『今日も剣を振った。孤独の中で、恐怖を忘れずに。
守るために振るう。それが、僕の剣だ。』
その言葉を、何度も書き直した。
文字が滲み、紙が擦り切れても、止めなかった。
窓の外には、星が瞬いていた。
その光は、遠くで旅を続ける誰かに届いているようだった。
ミデンは、短剣を収めた。
「……誰よりも強くなれば、また会える。ヌルさんに」
胸の奥に、誓いが宿った。
孤独の稽古は、彼を支える力となった。
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