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吸血姫Nullが人間に堕ちるまで 〜第二部制作中〜  作者: 早乙女姫織


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ミデン編 第二話   強くなれば、また会える

王都の外れに広がる森は、朝の光を受けてなお薄暗かった。

木々の影が重なり合い、風が枝を揺らすたびに不気味な音を立てる。

ミデンは、短剣を腰に差し、革の胸当てを締め直していた。

「……一人でやるしかない」

その言葉は、誰に向けたものでもなく、自分を支えるための呟きだった。


ヌルがいない今、彼は自分の力だけで魔物に立ち向かわなければならない。

騎士団の試験を受けるためにも、実戦経験は必要だった。

そして何より――強くなれば、またヌルに会える。

その思いが、彼を前へと押し出していた。


森の奥へ進むと、空気が変わった。

湿り気を帯び、魔力の残滓が漂っている。

鳥の声が途絶え、静寂が広がる。

ミデンは、短剣を抜いた。

刃に魔力を通す。

淡い光が、刃を包んだ。

「……来い」

低く呟いた瞬間、茂みが揺れた。

灰色の毛皮を持つ獣が姿を現した。

赤い目。鋭い牙。

それは、ヌルと共に狩った魔物と同じ種だった。


だが、今回は彼一人しかいない。

魔物が唸り声を上げ、跳躍した。

ミデンは、横に転がって避ける。

地面に落ちた魔物がすぐに振り返り、再び飛びかかってくる。

短剣で受け止める。

衝撃が腕に走り、膝が沈む。

「……重い!」

ヌルなら、足で吸収しろと言っただろう。


彼は必死に踏ん張り、魔力を刃に込めて押し返した。

火花が散り、魔物が後退する。

呼吸を整える暇もなく、魔物が再び襲いかかる。

ミデンは、腰をひねりながら斬りかかった。

刃が肩を裂く。

血が飛び散り、魔物が吠える。

「……まだだ!」

彼は、短剣を構え直した。

魔力を呼吸に合わせて流す。


ヌルの声が記憶の中で響く。


『魔力が重い。呼吸に合わせろ』


息を吐きながら踏み込む。

刃が滑らかに動き、魔物の足を斬った。

獣が崩れ、地面に倒れる。

だが、まだ終わっていなかった。


魔物は、血を流しながらも立ち上がった。

赤い目が、なおも光っていた。

ミデンは、短剣を握り直した。

「……怖い。でも、止まらない」

彼は、踏み込んだ。

魔力を全身に通す。

刃が光を帯びる。

魔物が吠え、最後の跳躍を見せた。


その瞬間、ミデンは斬り上げた。

刃が首筋に届く。

魔物が崩れ、地面に倒れた。

静寂が戻った。


ミデンは、短剣を握る手が震えているのを感じた。

呼吸は荒く、汗が滴っていた。

だが、彼は倒れなかった。

「……終わった」

魔物の亡骸を見つめながら、呟いた。

胸の奥に、重さが広がった。

命を止めるという行為。

ヌルが言った言葉が蘇る。


『命を止めるだけ。奪ったかどうかは、君が決める』


ミデンは、目を閉じた。

「……僕は、守るために止めた」

彼は、魔物の素材を回収した。

牙、心核、毛皮。

それらを袋に詰め、背に担いだ。

足取りは重かった。

だが、その重さは、彼の成長の証でもあった。


「強くなれば、また会える」


その言葉を胸に刻み、ミデンは森を後にした。


森を抜け、王都の門が見えてきたころには、ミデンの足取りは重くなっていた。

背に担いだ袋の中には、魔物の牙と心核、血に染まった毛皮。

それらは確かに討伐の証であり、彼が一人で成し遂げた成果だった。

その重さは、ただの素材以上のものだった。


命を止めたという事実。

ヌルが言っていた「奪ったかどうかは、自分が決める」という言葉が、何度も胸に響いていた。

「……僕は、守るために止めた。そうだ、そう思わなきゃ」

呟きは、風に溶けて消えた。


その言葉を繰り返すことで、彼は自分を支えていた。

王都に入ると、街のざわめきが耳に戻ってきた。

商人の声、荷車の音、子供たちの笑い声。

それらは、森の静寂とはまるで違う世界だった。

だが、ミデンの心はまだ森に残っていた。

血の匂い、魔物の咆哮、刃の震え。

それらが、彼の中で消えずに残っていた。


〈蒼銀の環〉商会。


扉を押すと、帳簿をめくる音が響いた。

レイヴが顔を上げ、ミデンを見た。

「……一人で行ったのか」

ミデンは、袋を机の上に置いた。

牙、心核、毛皮。

それらを並べると、血の匂いが広がった。

「はい。……ヌルさんがいなくても、やれました」

レイヴは、素材をひとつひとつ鑑定した。

「傷は浅い。魔力の残留も安定している。……よくやった」

その言葉に、ミデンの胸が少しだけ軽くなった。

だが、同時に重さも増した。


「……でも、怖かったです。何度も、逃げたくなった」


レイヴは、眼鏡を外して拭いた。


「恐怖を忘れるな。それが、君を守る」


ミデンは、うなずいた。


「……強くなれば、また会えると思うんです」


レイヴは、少しだけ目を細めた。


「誰に?」

「ヌルさんに」

沈黙が流れた。


レイヴは、帳簿に何かを書き込みながら言った。

「強さは、会うための条件じゃない。だが、強くなろうとする者だけが、歩き続けられる」

ミデンは、拳を握った。

「……歩き続けます」

商会を出ると、夕暮れが街を染めていた。



茜色の空。

その向こうに、ヌルの背中を思い描いた。

「強くなれば、また会える」

その言葉を胸に刻み、彼は宿へ戻った。


夜。

裏庭に立つ。

月明かりが石畳を照らす。

ミデンは、短剣を構えた。

「……あなたが見ていなくても、僕は振ります」

斬撃。

刃が空を裂く。

魔力が震える。

彼は、何度も振った。

汗が滴り、呼吸が荒くなっても、止めなかった。

「強くなれば、また会える」

その言葉は、祈りのようだった。

彼は、空を見上げた。

星が瞬いていた。

その光は、遠くで旅を続ける誰かに届いているようだった。


やがて、鐘の音が遠くで響いた。

王都の騎士団が、試験の準備が進んでいる合図だった。

ミデンは、短剣を収めた。

胸の奥に、決意が宿った。

「……僕は、一人で強くなる」

その言葉は、孤独の中で生まれた誓いだった。


ヌルの背中を追うために。

彼女が残した足音を、自分の剣に刻むために。

裏庭の静けさの中で、ミデンは立ち尽くしていた。

消えた背中を思い描きながら。

そして、自分の足音を刻み始めていた。

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