第十九話 血の温度、心の距離
王都中央区、騎士団本部前の掲示板。
朝の光が石壁を照らし、通りには人々のざわめきが満ちていた。
その中で、ミデンは掲示板に駆け寄り、目を輝かせていた。
「……あった! 本当にあった!」
彼は、掲示板に貼られた一枚の告知を指差した。
『王都騎士団・第二次入団試験 来月初旬開催』
『対象:15歳以上の志願者 実技・筆記・面談あり』
ミデンは、振り返ってヌルを見た。
「ヌルさん! 見てください! 試験、あるって! 来月です!」
ヌルは、少し離れた場所で立っていた。
背には鎌。手のひらには、収納魔法の紋章が淡く光っている。
彼女は、掲示板を一瞥し、目を細めた。
「……ふうん」
王都郊外、訓練場跡地。ミデンに誘われヌルは興味のない場所にいた。
石壁に囲まれた空間に、剣の音が響いていた。
ミデンは、木剣を握り、息を荒げていた。
対するヌルは、片手剣を軽く構え、魔力を纏わせていた。
「もう一度。踏み込みが浅い」
ヌルの声は、冷静だった。
ミデンは、歯を食いしばりながら踏み込む。
木剣を振る。
ヌルは、剣を滑らせて受け流す。
魔力が刃を包み、空気が震える。
「魔力が乱れてる。呼吸に合わせて」
「……はい!」
休憩の合間、ミデンは地面に座り、魔力を手のひらに集めていた。
ヌルは、少し離れた場所で果物をかじりながら見ていた。
「魔力を纏わせるには、まず“流れ”を掴む」
「感情に引っ張られるな。意志で整える」
ミデンは、目を閉じて呼吸を整える。
胸の奥の熱を、腕へ。
腕から、指先へ。
短剣の柄に触れた瞬間、魔力が滲んだ。
「……できた」
ヌルは、目を細めた。
「不安定だけど、通ってる。」
王都の北、魔物の出没が報告された森の境界。空気は湿り気を帯び、木々の間に魔力の残滓が漂っていた。ヌルは、鎌を背に、静かに立っていた。
その隣に、ミデンがいた。
短剣を腰に、革の胸当てを締め直している。
「……本当に、僕がやるんですね?」
ヌルは、うなずいた。
「魔物は一体。小型。再生能力は低い」
「君が倒せるかどうか、見てみる」
ミデンは、深く息を吸った。
「……わかりました」
森の奥、苔むした岩の陰。
魔物がいた。
四足。灰色の皮膚。
目は赤く、牙は鋭い。
それは、気配に気づき、低く唸った。
ミデンは、短剣を抜いた。
魔力を、刃に纏わせる。
呼吸を整え、重心を沈める。
魔物が跳んだ。
ミデンは、横に転がって避ける。
地を蹴り、背後に回る。
斬撃。
刃が、魔物の肩を裂く。魔物が吠え、振り返る。
再び跳躍。
ミデンは、腕で受け流し、反撃。
刃が、首筋に届く。魔物が、崩れた。
地面に倒れ、痙攣し、静かになった。
ミデンは、その場に立ち尽くしていた。
短剣を握る手が、震えていた。
「……終わった」
ヌルは、少し離れた場所で見ていた。
何も言わず、ただ見ていた。
ミデンは、魔物の亡骸を見つめた。
「……これが、“命を奪う”ってことなんですね」
ヌルは、静かに言った。
「違う。“命を止める”だけ」
「奪ったかどうかは、君が決める」
ミデンは、短剣を鞘に収めた。
「怖かったです。でも、守るためなら……必要なことだと思いました」
ヌルは、魔物の素材を収納魔法で回収しながら言った。
「怖いままで、振るえるなら、それでいい」
「僕は、圧倒的な力をつけて、命を奪わなくてもいいぐらいに強くなりたい。いえ、強くなります!」
ヌルは一瞥すると
「私も魔物狩るから、何かあったら大声で呼んでね」
そう言って森の奥の方に行ってしまった。
「ヌルさぁぁぁぁぁぁん」
ミデンの悲痛な叫びに寄って来たのは新しい魔物だった。




