第十七話 心に小さな波紋
王都北区、宿の裏庭。陽が傾き、空気が少し冷たくなっていた。
ヌルは、片手剣の手入れを終え、腰に戻していた。
その隣に、ミデンが立っていた。
「……ヌルさん。魔力の使い方、少しだけ教えてもらえませんか」
ヌルは、ため息をついた。
「また?」
「はい。纏わせ方じゃなくて、まず“流し方”から。どうやって魔力を刃に通してるのか、知りたいんです」
ヌルは、しばらく黙っていた。
そもそも魔力とは何か。魔力とは、感情や意志に反応して流れる内的な力のことを指す。制御には「感じる」ことが第一歩で、流れの癖や揺れを知ることで、武具や術式に纏わせることが可能になる。魔力は押し出すものではなく、滲ませるもの。無理に動かすと乱れ、逆に自分を傷つけることもある。。
そして、地面にしゃがみ、指で円を描いた。
「魔力は、流すものじゃない。感じるもの」
「まず、自分の中にある“輪郭”を探す」
ミデンは、隣にしゃがんだ。
「輪郭……ですか?」
「魔力は、形がない。でも、動きには癖がある」
「それを感じる。たとえば、怒ったとき、胸の奥が熱くなる。あれが、魔力の“揺れ”」
ヌルは、手のひらをかざした。
収納魔法の紋章が淡く光る。
「私は、しまう魔法を使う。だから、魔力は内向きに折りたたまれてる」
「でも、剣に通すときは、外に“滲ませる”」
ミデンは、目を細めた。
「……それって、意識で制御してるんですか?」
「意識じゃない。感覚。呼吸に近い」
ヌルは、地面に置いた木の枝を拾った。
「これでいい。剣じゃなくていいから、まず“通す”練習」
ミデンは、短剣を抜こうとしたが、ヌルに止められた。
「金属は、魔力の癖を吸う。最初は、素のままで」
ミデンは、枝を握った。
「どうすれば……」
「目を閉じて。呼吸を整える」
「魔力は、動かそうとすると逃げる。まず、感じる」
ミデンは、目を閉じた。
風の音。遠くの鐘の音。
その中で、自分の内側に意識を向ける。
「胸の奥に、何かがあるはず」
「熱でも、重さでも、ざわつきでもいい。それが、魔力の“気配”」
ミデンは、眉をひそめた。
「……あるような、ないような……」
「ある。気づいてないだけ」
「それを、手のひらに“移す”」
ミデンは、枝を握る手に意識を集中させた。
すると、わずかに、指先が温かくなった。
枝の表面が、微かに震えた。
「……今、何かが……」
ヌルは、うなずいた。
「それが、魔力の“輪郭”」
「まだ纏ってない。ただ、触れただけ。でも、それで十分」
ミデンは、目を開けた。
「……ありがとうございます」
ヌルは、立ち上がった。
「教えたつもりはない。見てただけ」
「でも、僕は学びました。魔力は、流すんじゃなくて、感じるものだって」
ヌルは、少しだけ目を細めた。
王都北区、宿の裏庭。
朝露が石畳を濡らし、空気はまだ冷たい。
ミデンは、木剣を握り、目を閉じていた。
呼吸を整え、意識を内側へと沈めていく。
「魔力は、押し出すものじゃない。滲ませるもの」
ヌルの言葉が、耳の奥に残っていた。
彼は、胸の奥にある“揺れ”を探す。焦り。期待。悔しさ。
それらが、熱となって指先に集まっていく。
木剣の柄が、わずかに震えた。
魔力が、枝の繊維に沿って流れた。
「……今、通った」
ミデンは、目を開けた。
木剣の先端が、微かに光っていた。
それは、魔力が“触れた”証だった。
ヌルは、少し離れた場所で座っていた。
手には果物。視線は、空の一点を見つめているようで、実はミデンを見ていた。
「……少しは、形になってきた」
ミデンは、振り返らなかった。
けれど、その言葉が嬉しかった。
「あなたの動きを、何度も見ました」
「魔力を纏わせるとき、呼吸が変わる。重心が、わずかに沈む」
「それを、真似してみたんです」
ヌルは、果物をかじった。
「真似だけで、そこまでできるなら、教える必要ないね」
「……それでも、見ていてほしいんです」
「僕が、どこまで届くか」
その日の午後、ふたりは郊外の訓練場にいた。
魔物の気配はない。けれど、空気は張り詰めていた。
ミデンは、短剣を構えた。
魔力を、刃に“通す”のではなく、“纏わせる”ことを意識する。
呼吸を整える。
胸の奥の熱を、腕へ。
腕から、指先へ。
そして、刃へ。
短剣が、淡く光った。
風が、わずかに揺れた。
「……できた」
ヌルは、目を細めた。
「まだ不安定。でも、確かに纏ってる」
ミデンは、短剣を振った。
空気が、わずかに裂けた。
それは、魔力が刃に乗った証だった。
「魔力が、重く感じます」
「でも、それが“力”なんですね」
ヌルは、うなずいた。
訓練を終えたふたりは、並んで歩いていた。
ミデンは、短剣を鞘に収めた。
「今日のこと、記録しておきます」
「魔力が初めて“纏った”日として」
ヌルは、少しだけ口元を緩めた。
ミデンは、笑った。
「それ、許可ってことでいいですね」
ヌルは、答えなかった。けれど、空気が少しだけ柔らかくなった。




