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吸血姫Nullが人間に堕ちるまで 〜第二部制作中〜  作者: 早乙女姫織


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第十五話  溢れ出る力

 王都の北、魔物の群れが出没する森。ヌルは、片手剣を抜いていた。レイヴから魔物の素材が不足していると聞き、それがヌルには都合がよかった。

 魔力が刃に流れ、黒く光る。収納魔法の紋章が、手のひらで震えていた。彼女の視界は、赤く染まっていた。怒りでも、恐怖でもない。ただ、積もり積もった「ざらつき」が、魔力の制御を超えて溢れていた。

 魔物が吠える。ヌルは、跳ぶ。剣が閃き、魔物の首が飛ぶ。風が裂け、火が軌道を焼き、土が足元を支え、水が視界を澄ませる。彼女は、止まらなかった。魔物の群れは、次々と倒れていく。その動きは、もはや人のものではなかった。

森の奥から、足音が響いた。どたどたと音が近づいてくる。


「新しい獲物か?」


剣を握りなおしたヌルの前に現れたのは、青年だった。

王都の研究所の手伝いをしている騎士を目指す者であり、ヌルの魔力に興味を持っていた青年。彼は、白いローブを翻しながら、戦場に現れた。


「ヌル!」


彼の声は、風にかき消されそうだった。けれど、ヌルの耳には届いていた。


「なんだ、人間か。」


彼女は、振り返らなかった。ただ、次の魔物に向かって跳んだ。

剣が閃く。

魔物が崩れる。血が、地に染みる。


青年、ミデンは、魔法陣を展開した。風を止め、空気を澄ませる。

彼の声が、空間に響いた。


「刃を相手に向けることは、自分の魂にも刃を向けることだ!」


その言葉に、ヌルの動きが止まった。剣が、空中で揺れた。魔力が、刃の周囲で震えた。


「……何?」


ヌルの声は、低く、揺れていた。ミデンは、彼女に近づいた。


「君の刃は、魔物を断っている。けれど、その魔力の流れは、君自身を削っている」

「怒りで振るう刃は、必ず自分に返ってくる」


ヌルは、剣を見つめた。それは、彼女の魔力が凝縮されたものだった。

けれど、今は――震えていた。

魔力が、彼女の手からこぼれ落ちそうになっていた。

ヌルは、剣を下ろした。魔力が、静かに収束していく。

収納魔法の紋章が、淡く光った。剣が、空間に吸い込まれるように消えた。彼女は、膝をついた。肩で息をしながら、空を見上げた。赤い視界が、少しずつ澄んでいく。

ヌルは、静かに歩き出した。そこ後ろをミデンがついていく。

ヌルは、ミデンを見つめた。その視線は、冷静で、少しだけ鋭かった。


「誰?何でここに来たの?」

「先ほどは失礼いたしました。ミデンと申します。レイヴさんが、ヌルさんが魔物の素材を売りに来るのに時間がかかりすぎてるって。」


ヌルはミデンを訝しんでいた。


「ぼく、騎士になりたいんです。剣すごいですね。」

「騎士志望が、商会の使い?」


ミデンは、少しだけ頬を赤らめた。


「まだ騎士団には入っていません。けれど、レイヴさんにはよくお世話になっていて……」

「僕、魔力の観測や記録の補助をしてるんです。だから、ヌルさんの様子を見に来るように言われて」


ヌルは、少しだけ目を細めた。ミデンはそのあともヌルに話しかけ続けた。2人は王都まで戻っていった。


王都北区、〈蒼銀の環〉商会。朝の光が差し込む応接室に、ヌルは静かに立っていた。

背には鎌。腰には片手剣。手のひらには、収納魔法の紋章が淡く光っている。その隣には、ミデンがいた。騎士志望の少年。彼は、レイヴに報告もかねて、取引に同行していた。


「……素材の売却って、どんな感じなんですか?」


ヌルは、答えなかった。ただ、手のひらをかざした。

空間が揺れた。収納魔法が展開される。

次の瞬間、机の上に魔物の素材が次々と現れた。

黒い鱗。鋭い牙。再生能力を持つ魔物の心核。

羽根、爪、角、粘液、骨片、魔石――

それらが、山のように積まれていく。

ミデンは、目を見開いた。


「……これ、全部……?」


ヌルは、静かにうなずいた。


「森の群れ。ひと晩で」


ミデンは、言葉を失った。素材の量は、騎士団の討伐記録を超えていた。

それは、戦いの痕跡であり、魔力の証だった。

査定官レイヴは、眼鏡を押し上げたまま、素材を見つめていた。


「……これは、通常取引の三倍以上ですね」

「魔石、心核、希少部位……どれも高品質です」


彼は、魔石をひとつ手に取った。


「再生魔力が濃い。上級個体の核」

「この鱗は、火属性の耐性を持つ種。加工すれば、対魔装甲の素材になる」


ミデンは、素材のひとつに触れようとして、ヌルに止められた。


「触ると、魔力が残る。記録が歪む」

「……すみません」


レイヴは、ふとヌルの顔を見た。


「あなた、少し疲れてますね」


ヌルは、目を伏せた。


「魔力が、まだ揺れてますね」


ミデンは、彼女の横顔を見つめた。その瞳は、静かで、けれどどこか遠かった。

ヌルは、答えなかった。けれど、空気が少しだけ重くなった。


「……ヌルさんが、森で魔物の群れを討伐しました」


ミデンには報告の義務がある。


「ひと晩で、数十体以上。素材は、先ほど取引された通りです」


レイヴは、眼鏡を押し上げた。


「それは、聞いています。問題は、魔力の状態ですね?」


ミデンは、少しだけ言葉を選んだ。


「魔力が制御を超えて溢れ、収納魔法が暴走しかけていたようです」


レイヴは、静かにうなずいた。


「具体的には?」

「視界が赤く染まり、魔力が刃に過剰に纏っていました」

「動きは人間の限界を超えていて、魔物は抵抗する間もなく蹂躙されました」

「でも、ヌルさん自身は……冷静さを保とうとしていたように見えました」


レイヴは、帳簿を閉じた。


「それは、“保とうとしていた”ということですね。つまり、完全には保てなかった」


ヌルは苦虫を踏み潰したような表情になった。

数時間後、査定が終わった。レイヴは、帳簿を閉じて言った。


「魔石、素材、希少部位を含めて、合計で金貨三千二百枚」

「ただし、すべてを売る必要はありません。保存しておくこともできます」


ヌルは、素材の一部を収納魔法に戻した。


「素材1個ずつ残して売る。もしかしたら使うかもしれない」


レイヴは、金貨の詰まった箱を差し出した。

ヌルは、手のひらをかざし、魔力を展開する。

空間が揺れ、金貨が吸い込まれていく。ミデンは、箱の中を見て、呆然としていた。


「……これ、騎士団の年俸より多い……」


ヌルは、静かに言った。


「そもそものお金の価値がよく分からない。」

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