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吸血姫Nullが人間に堕ちるまで 〜第二部制作中〜  作者: 早乙女姫織


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第十四話  言葉の通じぬ夜

研究所を出たヌルは、夕暮れの王都を歩いていた。身分証はマントの内側にしまってある。それは、彼女が初めて「記録された存在」として受け入れられた証だった。

けれど、通りを外れたとき、空気が変わった。石畳の影に、三人の男が立っていた。粗末な革鎧。手には木刀。目に浮かぶのは、好奇心と侮蔑。


「おい、そこの嬢ちゃん。いいもん持ってんな」

「その鎌、いくらで売る?」

「いや、いっそ身体ごと買ってやろうか?」


ヌルは、立ち止まった。背にある鎌には手を伸ばさず、ただ静かに木刀を見つめた。


「……やめておいたほうがいい」


男たちは笑った。


「何だよその目。やる気か?」


最初に動いたのは、左の男だった。木刀を振り上げ、ヌルの肩を狙う。ヌルは、地を蹴った。風が背を押し、彼女の身体が一閃する。木刀を奪い、逆手に持ち替える。次の瞬間、男の手から武器が弾かれ、地面に転がった。もう一人が突っ込んでくる。


ヌルは、木刀の柄でその腹を打ち抜いた。鈍い音。息が詰まる音。最後の一人が逃げようとしたが、ヌルは足を払って倒した。誰も、立ち上がれなかった。けれど、誰も致命傷は負っていない。ヌルは、木刀を地面に置いた。騒ぎを聞きつけて、衛兵が駆けつけた。


「何があった!」

「人が……倒れている……」


ヌルは、静かに手を挙げた。


「私がやった。正当防衛」


衛兵は、彼女の身分証を確認し、目を細めた。


「……研究所の推薦者か。だが、事情は聞かせてもらう」


ヌルは、うなずいた。


「構わない」


衛兵詰所の一室。ヌルは、椅子に座り、淡々と経緯を語った。襲撃。木刀。反撃。すべてが、簡潔だった。


「……目撃者の証言とも一致しています」

「おとがめなし。正当防衛と認めます」


ヌルは、立ち上がった。けれど、胸の奥に、何かが残っていた。

怒りでも、恐怖でもない。ただ、言葉にならない不快感だった。

その足で、ヌルは武器屋を訪れた。火の匂い。鉄の音。店主は、彼女の姿を見ると目を細めた。


「……鎌の修理か?」


ヌルは、首を振った。


「片手剣を。軽くて、鋭いものを」


店主は、棚の奥から一本の剣を取り出した。黒鉄の刃。重心は手元に寄り、振り抜きやすい。


「魔力伝導率が高い。魔術師でも扱える軽さだ」


ヌルは、金貨を差し出した。


「これで、足りる?」

「十分すぎるさ。……気をつけなよ」


ヌルは、剣を背に、店を出た。夜の森。風が冷たく、木々がざわめいていた。ヌルは、剣を抜いた。魔力が刃に流れ、黒く光る。


「……来い」


彼女の声に応えるように、魔物が現れた。牙をむき、唸り声を上げる。

けれど、ヌルは動じなかった。

跳ぶ。

剣が閃く。

魔物の動きが止まる。

次の瞬間、地に伏す。さらに二体。

風魔法で足を止め、火で視界を焼き、剣で断つ。

魔物は、抵抗する間もなく倒れていく。

ヌルは、ただ動いた。

怒りではない。ただのストレス発散。

ただ、身体の奥に溜まったざらつきを、削り取るように。

剣が振るわれるたび、魔力が流れ、空気が震える。

魔物の咆哮は、やがて風に溶けた。

森は、再び静けさを取り戻した。


夜明け前。

ヌルは、剣を鞘に収めた。魔物の気配は、もうなかった。

けれど、彼女の中のざらつきも、少しだけ薄れていた。

「……これが、私のやり方」

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