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短編

勝ち確ヒロイン、勝ち切れず〜爆速勘違いお嬢様は今日も勝ちフラグを踏み躙る〜

作者: 八百板典所


「園崎明日香。俺は君に好意を抱いている」


 高二の一学期中盤。  

 梅雨前線がいつ来てもおかしくない、ある日の夕方。

 東雲高校の中庭にある大きな桜の木の下で、俺──犬飼翔太郎は園崎明日香に自らの好意を伝える。


「付き合ってくれ。できる事は限られているが、俺にできる事は何でもやる。だから、……その、」


 生まれて初めての告白。

 柄にもなく緊張している所為なのか、口から出る言葉は全て震えていた。

 そんな俺に違和感を抱いたんだろう。

 園崎明日香は俺の言葉を聞きながら、目を大きく見開くと、『ふぅ』とカッコよく息を吐き出す。

 そして、俺の下に近寄ると、何故か俺の右肩に右手を置き、こう言った。


「分かっていますわ」


 『中庭にある桜の木の下で告白して生まれたカップルは永遠に幸せになれる』という某恋愛ゲームの設定を丸パクリしているとしか思えない桜の木の下で告白したんだ。

 しかも一番重要な『好意を抱いている』事と『付き合ってくれ』を言う事ができたんだ。

 鈍い彼女でも俺の告白が恋愛のそれだと把握──


「これでも私はお嬢様。幾ら箱入り娘と言えど、この告白がウソだって事くらい分かっていますわ」


 ──できていなかった。


「声が震えています。緊張した面持ちで私を見つめている上、顔の温度が少ししか上がっています。これらの事象から導き出される真実は一つ。

 ──貴方が私なんかに告白したのは、何者かに脅されたから。そうですわよね?」


「違う」


「なるほど。この短い問答で何となく把握しました。貴方を脅した人は、かなりのパワーをお持ちのようですね」


「違う。俺は誰にも脅されていない」


 首を横に振りつつ、自分の意思で告白したと訴えようとする。

 だが、園崎明日香の暴走は俺の否定よりもワンテンポ早かった。


「誰が貴方を脅したのか知りませんが、私はお嬢様。親の脛を齧る事しか能のない卑しく厭らしい生物ですが、脅されている人を見過ごす程、できた人間じゃありませんわ」


「いや、嘘じゃないんだ。俺の告白はガチ告白なんだ」


「ご安心を。貴方に嘘告白するように促した輩は、見つけ次第、血祭りに上げる予定です。この親から貰ったお嬢様ハンドで……!」


「やめておけ。シャドーボクシングする事になるぞ」


「もしや、貴方を脅しているのは、幽霊……いえ、この世ならざるモノなのですか!? ふっ、腕が鳴りますね」


「違う。違うから、少し落ち着いてくれ」


「となると、早急に霊力を身につけなければなりませんね。最悪の場合、お嬢様から退魔士にジョブチェンジするのも止む無しですってよ」


「少し落ち着こう、園崎明日香。今の君に必要な力は、霊力でも問題を迅速に解決する力でもなく、人の話を最後まで聞く努力(ちから)だ」


「ちゃんと聞いていますわよ、このお嬢様イヤーで。私のように常時お嬢様を超えたお嬢様状態を保ち続けると、常人では聞く事さえできない真実の声というヤツを聞く事ができますの」


「大丈夫なのか、それ。その真実の声、今のところデマしか言ってないぞ。悪魔の声の可能性高しだぞ」


「ご安心を。このやり取りで、貴方に嘘の告白……略して嘘告させた犯人が分かりました」


「冤罪が産まれる瞬間を見せつけるつもりか」


「さあ、犯人さん出て来なさい! 貴方達の目論見は既に理解しておりますわ!」


 そう言って、園崎明日香は明後日の方向──中庭の中にある教員用の車が停められているエリアに視線を向ける。

 彼女がそちらに視線を向けた途端、観念したかのように見知らぬ老若男女四名が車の陰から出てきた。


「ちぃ、流石は園崎財閥の一人娘。誘拐犯の居場所の一つや二つ、お見通しって訳か」


「おい、園崎明日香。変なのが出てきたぞ。アレはなんだ」


「うわ、本当に出て来ましたの。何なんですかアレ」


 園崎明日香さえ知らない、車の陰から出てきた老若男女四名は、スタイリッシュな格好だった。

 全員黒スーツと黒眼鏡を身につけている。

 正直、俺は彼等の格好を見て、カッケェって思った。

 

「あ! お嬢様イヤーが真実の声を聞き取りました! この人達はお嬢様である私を攫おうとした曲者で、私を確実に攫える中庭(スポット)に誘導するため、犬飼くんを脅迫した犯人達っ! 『犬飼くんの一族郎党に手を出すぞー!』的な感じで脅し、犬飼くんに告白させ、『犬飼くんの告白うれぴー!』みたいな感じで浮かれポンチ状態になった私を捕まえて、私の両親に身代金要求が目的……で合っているでしょうかっ!?」


「「「「……あ、ああ! 大体合ってる!」」」」


「ですってよ!」


「お嬢様アイで凝視するんだ園崎明日香。面倒臭がって嘘吐いている顔しているぞ、あいつら」


 空気を読んだのか、それとも説明が面倒で楽な方に流れたのか。

 突如現れた誘拐犯達は園崎明日香の言い分を肯定してしまう。

 その所為で、俺のガチ告白は状況証拠的に嘘になってしまったクソが。


「さあ! その男がどうなってもいいのか!?」


「え、え、えーと、……その人の家族、キューってしますよぉ」


「さっさとワイらに着いて来ないと、その男の家族が大変な事になるザンスよ!」


「大人しくアタシらに着いて来な! 愛しい彼の全てを守りたいと願うならねぇ!」


「くぅ……! 卑怯ですわ……!」


 ふっふっふっと怪しげに嗤う誘拐犯達。

 悔しそうに地団駄を踏む園崎明日香。

 彼女の横で騙されるなと呟く俺。

 俺の生涯初めての告白。

 それは突如現れた誘拐犯によって台無しになって、……いや、誘拐犯出てくる前から台無しになっていたか。

 もうこれ以上粘っても、結果は得られないだろう。

 そう判断した俺は、速やかに現状を処理するため、最近買ったばかりの折り畳み式携帯電話を取り出す。

 

「ふっふっふっ、誘拐犯に卑怯もクソも…….って、あれー? 君、誰に電話しようとしているのー?」


「警察だ」


「「「「は?」」」」


「不審者を見つけたら、110番。よい子達の常識だ」


 この国の警察は優秀だった。

 通報して、僅か三分。

 やって来たパトカーが誘拐犯を名乗る老若男女四名を連れ去る。

 危機は去った。

 けれど、誘拐犯達の所為で、俺のガチ告白は嘘告扱いされた挙句、有耶無耶になってしまった。

 

 

「という事があってな。正直、困っている。神寺光一郎、俺を助けて欲しい」 


「何で相談相手俺なんだよ!?」


 告白が有耶無耶になった次の日の放課後。

 所属している二年三組の教室で、俺はクラスメイトでもある茶髪の少年──神寺光一郎にアドバイスを求める。


「もっと適任いるだろうが! ほら、隣のクラスの木村くんとか! モデルやってるヤツの方が俺よりもいいアドバイスくれるだろうが!」


「『困った時こそ神寺光一郎』、それがこの学校……いや、この町に住む人達の共通認識だ。君にアドバイスを貰うのは、なんらおかしくない」


「いやいや、俺、恋人いない歴イコール年齢だぞ! そもそも告った事がないヤツが、告ったヤツに何を言うべきか分からねぇというか……あ、そうだ。俺じゃなくて、ダイゴに頼むのはどう? あいつも今恋しているから、話が弾むと思……」


「犬飼さん!」


 教室の出入り口から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 そっちに視線を向けると、数珠やら十字架やら五寸釘が刺さった藁人形やらを抱えた園崎明日香が突っ立っていた。


「明後日から霊感獲得するため、オカルト部の合宿に同行して来ます! 土日でモノにするので、もう暫くお待ちくださいまし!」


「そういう訳だ」


「……大体理解した。つまり、アレだな。明後日までに園崎の誤解を解きてぇんだな」


「理解が早くて助かる」


 言いたい事だけ述べた後、園崎明日香は全速力で下駄箱に向かって駆け出す。

 俺はそれを見送った後、具体的なアドバイスを神寺光太郎に求めた。


「いや、具体的にって言われても、もう好きって伝えたんだろ? 付き合ってくれって伝えたんだろ? 言った上で園崎は霊感獲得しようとしているんだろ? なら、もう何を言っても曲解されるだけだろ。基本かつ一般的なアプローチは逆効果だと俺は思うぜ」


「なるほど。奇策で彼女の虚を突けばいいんだな」


「まあ、言ってしまえば、それだな。だが、余程効果的な奇策じゃねぇと、空回りしちま……」


「アホか、お前ら」


 俺と神寺光一郎しかいない夕暮れの教室。

 偶然通りかかった二年三組一番の問題児でありオカルト部部長でもある卯月信雛が俺達の会話に割り込む。


「男共が異世界転生俺TUEEEに憧れるように、女だって悪役令嬢内政TUEEEやりてぇんだよ。つー事は、男も女も変わらないって訳だ」


 そう言って、ニヤリと笑う卯月信雛。

 彼女が何を言っているのか理解できず、俺と光一郎は首を傾げる。

 

「あん? ここまで言って、まだ分からないのか。男も女も求めているのは、同じモンだって言ってんだよ」


「なるほど。自分がして貰ったら嬉しい事を相手にしてやろう的な話を、卯月信雛はしたかったのか」


「全然違う、何甘ったるい事を言ってんだ犬飼。交尾しろって言ってんだ男はち○ぽ挿れる穴を、女は穴に入るち○ぽを心の底から求めているんだよ。つー事は、お前のミラクルポンチをブッ込めば一件落着って訳だ」


「真昼間からどキツイ下ネタ言ってんじゃねぇよオメエ! しかも奇策の中でも一番お下劣なヤツ出しやがっているし!」


 下の話をする卯月信雛。

 それに過剰反応する神寺光一郎。

 

「安心しろ、犬飼。お前と園崎は相思相愛だ。アイツ、前に言っていたぞ。お前と付き合いたいって。だから、お前が男らしく誘えば、コロリと落ちると思うぞ」


「いや、コロリと落ちねぇんだよ、それが」


 適当な感じで淡々と話す卯月信雛にうんざりしたのか、神寺光一郎は呆れたように溜息を吐き出す。

 

「あん? どういう意味だ?」


「ほら、犬飼。この頭ピンク野郎に教えてやってくれ」


 神寺光一郎に促されたので、俺は説明する。

 昨日、園崎明日香に告白した事を。

 

「……あー、アレだな。ほら、園崎って思い込み強い方だし、普段お嬢様っぽく自信満々に振る舞う割に自己評価低いというか、そういう所あるじゃん? 多分、それらが悪い方に働いた結果、こうなってんだと思う」


「…….じゃあ、アレか? 犬飼の告白を嘘扱いされたのは、『こんな私に犬飼くんが告白する訳ない! つまり、犬飼くんを操る黒幕がいるに違いないですわ!』みたいな感じなのか?」


「ああ、そんな感じだと思う」


 卯月信雛の証言を神寺光一郎が分かり易くまとめる。

 そのお陰で、なんとなく理解できた。

 彼女が暴走している根底にあるものを。


「自信の無さと思い込みの強さが園崎の暴走を引き起こしている、……か。自信ってモンは一朝一夕で身につくもんじゃないし、思い込みを解くにも時間がかかる。正直、明後日までに誤解を解くには不可能だな」


 後頭部をガシガシ掻きながら、神寺光一郎は溜息を吐き出す。

 

「でも、まあ、園崎の人間性を知れたお陰で、作戦が一つだけ思いついた。成功するかどうか分からねぇが、試してみる価値はあると思う」


 そう言って、神寺光一郎は作戦を言い渡す。

 彼が述べた作戦は思っていたよりも単純で動物的だった。



 次の日。

 昼休み。

 学校の屋上。

 園崎明日香を屋上に呼び出す事に成功した俺は、ゆっくり息を吐き出す。

 全身数珠だらけ、手にはお札を持ち、制服の上から巫女服を着ている彼女を見て、『これは一筋縄じゃいかない』と心の底から思いながら、ゆっくり息を吸い込む。


「犬飼さん、安心してくださいまし。私はお嬢様。きっと貴方に憑いている幽霊を祓い、本当の貴方を取り戻してみせますわ……!」


 もう俺に幽霊が憑いている段階に突入してしまっていた。

 明日の朝には数珠の数がより増えているだろう。

 最悪、暴走が行き過ぎて、幽霊に効く刺青を入れてしまうしれない。

 そう判断した俺は『勝負するのは今この時だ。此処で決める……!』と心の中で意気込む。


「園崎明日香」


 彼女との距離を物理的に詰める。

 神寺光一郎から教わった作戦──成功するかもしれない作戦を実行する。


「好きだ」


 好意を伝えつつ、園崎明日香の身体を抱き締めようとする。

 神寺光一郎が述べた成功するかもしれない作戦──『好意を伝えつつ、ボディタッチしよう!』を実行する。

 神寺光一郎は言った。

 『卯月信雛の言っている事が正しければ、俺と園崎明日香は両思いである』、と。

 『故に、ボディタッチしても嫌悪感や不快感を抱かれる事はない』、と。


(手を握る程度のボディタッチじゃ、俺の好意は彼女に伝わらないし、すぐに振り払われる……! だから、此処はハグが最善なり……!)


 今日こそ決める。

 仮にハグして嫌われたとしても、それでいい。

 好きという気持ちだけは何としてでも伝えたい。

 あわよくば、彼女と付き合いたい。

 そんな邪な心を抱きながら、俺は園崎明日香に抱き──つけず、彼女の頬を右人差し指で突いた。


「………」


「………」


 

 とある日の昼下がり。

 屋上で向かい合う俺と園崎明日香。

 彼女は俺の行動を理解できず、俺は園崎に抱きしめる事ができず、その場で静止してしまう。

 ……いや、別に怖気ついた訳じゃない。

 ただ、……その、そう、アレだ。

 『許可を取らずに他人をハグするのは良くない』と思っただけだ。

 別に恥ずかしいとか照れ臭いとか強引にハグして嫌われたくないという理由で、ハグを辞めたんじゃなくて。

 でも、ボディタッチを止めたら目的を果たせなくなる訳で。

 故に、頬ツン。

 彼女の頬をツンツンする事が今の俺にできる精一杯だった。


「え、えーと、犬飼さん? こ、これは一体どういう……」


 身体中についた数珠をジャラジャラ鳴らしながら、園崎明日香は可愛らしく首を傾げる。

 そんな彼女を見ながら、俺は思った。

 ──何を日和っている、と。


(犬飼翔太郎……! お前は決めた筈だ……! 今日こそ彼女に告白するんだろ……!)


 石のように硬くなった身体を、火が出るくらい熱った身体を、そして、無意識のうちにモゴモゴしていた口を強引に動かす。

 そして、当初の目的──園崎明日香にハグしつつ、告白する──を果たそうと試みる。


「好きだ」


 さっきと同じ言葉を、たった三文字を捻り出す。

 そして、今度こそ彼女にハグをしようと、身体を動かし──


「私に隙なんてありませんわ!」


 ──俺の身体が宙を舞った。

 園崎明日香に背負い投げされた。

 その事実を噛み締めながら、俺は屋上の床に背中を叩きつける。

 何が起きたのか理解できたけど、何でこうなったのか理解できなかった。


「はぁ……はぁ……とうとう、犬飼さんの身体を動かし、私に危害を加えようとしましたね! この悪霊めが! 敵前逃亡なんて絶対にやりたくありませんが、今の私が霊感が無いのも事実! 今日は大人しく引き下がってやりますわぁ!」


「ま、待て、……園崎明日香……話を、……」


「犬飼さん、いつか貴方をお助けします……! それまで辛抱してください! では、お嬢様ダッシュ!」


 とてとて走りながら、屋上から立ち去る園崎明日香。

 そんな彼女の背後姿を眺めながら、俺は立ち上がる。

 そして、隠れている神寺光一郎と卯月信雛に出てくるよう促すと、俺は彼等に問いかけた。

 

「次はどうしたらいい」


「切り替えが早過ぎる」


 そう言って、ドン引きする神寺光一郎。


「もう明日香よりもオメーの方がコエーよ」


 呆れる卯月信雛。

 そんな彼等の反応を気にする事なく、俺は彼等に『次の策』を求めた。



 フラッシュモブ。

 複数人が特定の場に集い、演奏やダンス等を行うゲリラパフォーマンスの一種。

 唐突に始まり、予定されていた一連の行動が終了すると即座に解散する、大勢かつ一瞬で行う事が特徴的なパフォーマンス。


「そのフラッシュモブがどうした?」


「それをやるんだよ」


 園崎明日香から背負い投げされて、数時間経過したある日の放課後。

 俺──犬飼翔太郎は相談を持ちかけた神寺光一郎と共に校門前で園崎明日香の到来を待ち続けていた。


「あん? んなのやっても、また『悪霊に取り憑かれたー』みたいな事を言われるだけだろ。何か意味あんのか?」


 スルメイカを齧りながら、俺と神寺光一郎の会話を聞く卯月信雛。

 神寺光一郎は眉間に血管を浮かび上がらせると、スルメイカを頬張る卯月信雛を睨みつけた。


「おいおいおい、なんだ、その態度は卯月さんよぉ! さっき園崎から話聞いたけど、悪霊云々言い出したのはオメーの所為じゃねぇか! オメーが『犬飼に告られた理由が分からない? ああ、多分、悪霊に取り憑かれているんだろ』みたいな事を言った所為で、園崎(あいつ)、数珠じゃらじゃら女になっているんじゃねぇか!」


「まさか私の適当発言を鵜呑みにするとはな。これは反省」


「反省じゃねぇよ。お前の適当発言の所為で、勝ち確だったヒロインが負けヒロインになりかけているんだぞ。犬飼が変人だから、辛うじて負けヒロインになっていないだけで」


「まあ、いいじゃんか。あいつが勘違いアンド金出してくれるお陰で、オカルト部は今週の土日に合宿行けそうだし」


「何ちゃっかり美味しい目に遭ってんだ! 犬飼という犠牲出している癖に!」


 プンスカ怒りながら、卯月信雛の耳たぶを引っ張る神寺光一郎。

 流石の問題児も責任を感じているのだろう。

 卯月信雛は『悪いって思っているよ。だから、お前らを手伝っているじゃねぇか』と申し訳なさそうに呟いていた。

 そんな彼等を交互に見ながら、俺は『話を元に戻そう』と告げる。


「フラッシュモブをやるって事自体、大体理解した。けれど、俺達三人でやるのか?」


「その辺は安心しろ。神寺がフラッシュモブをやるって昼休み時点で言ってたからな。フラッシュモブができるよう、暇を持て余しているヤツらを集めておいた」

 

「いや、暇を持て余している奴らじゃなくて、歌やダンスできるヤツを集めとけよ」


「贅沢言うな、童貞(かみでら)。それだから、お前は皮被っているんだよ」


「皮被ってねぇし! ていうか、昼間の往来でドキツイ下ネタ披露するのやめてくれる!?」


「んじゃあ、カモン! 私が呼び寄せし精鋭達よ!」


 神寺光一郎のガチギレを無視し、卯月信雛は呼び寄せる。

 彼女が掻き集めし、精鋭達を。

 彼女が掻き集めた人達は、みんな戦隊ヒーローに出てくる戦闘員みたいな格好をしていた。


「何で色物呼んでんだよ!?」


「色物は語弊だ、神寺。よーく見てみよ、あいつらの格好に個性なんてもんはねぇだろうが」


「同じマスク、同じ全身黒タイツ被っている時点で色物なんだよ! ていうか、何でお前ら、言われるがまま戦闘員服着てんだよ!? それ着て恥ずかしくねぇのか!?」


「「「「「黒子に徹しようと思って」」」」」


「戦闘員服着ている時点で、徹する事ができてねぇんだよ!」


 喉が張り裂けそうな勢いで叫ぶ神寺光一郎。

 俺は彼の大声にビックリしてしまい、つい小ジャンプを繰り出してしまう。


「それで黒子に徹する事ができるのは特撮の中だけだ! 個性的なヒーローとか怪人とかがいねぇと、存在感デカくなる格好なんだよ! 戦闘員服ってのは!」


「ならば、なればいいじゃん、お前が。個性的なヒーロー或いは怪人に」


「ヒーローと怪人まで出て来たら、もうそれヒーローショーなんだよ! フラッシュモブじゃねぇよ!」


 面倒臭そうに呟く卯月信雛に全力ツッコミする神寺光一郎。

 そんな俺達に追い打ちをかけるかの如く、事態が急転する。


「……なるほど、そういうことでしたか」


 幾多の数珠の擦れる音が、俺達の視線を引き寄せる。

 振り返ると、案の定、身体中に数珠をつけた少女──園崎明日香が突っ立っていた。


「犬飼くんが私に嘘告したのは、悪霊が脅したからじゃない。世界征服を企む悪の組織の所為だったんですね」


「爆速で勘違いしてやがる」


「このスピード、間違いなく世界が獲れるレベルだろ」


 卯月信雛が集めた十数人──戦闘員服を着た男女を見つめながら、園崎明日香はキリッとした表情を浮かべる。

 それを見て、神寺光一郎が『お前らが戦闘員服着ている所為で、園崎の勘違いが加速しているじゃん!』みたいな事を叫んでいた。


「安心してくださいまし、犬飼さん。幽霊じゃないなら、今の私でも何とかなります」


「待て。待つんだ、園崎明日香。君は勘違いしている」


「大丈夫です。この戦闘員を倒し、敵のアジトを聞き出した後、園崎財閥の力を使い、悪の組織を解体してみせます」


「話の規模を大きくしないでくれ。そもそも、君の言う悪の組織は存在しない」


「なら、何故この人達は戦闘員服を着ているのですか……?」


「フラッシュモブをするためだ」


「おーい、犬飼。フラッシュモブってのは、サプライズみたいなもんだぞー。それをサプライズする相手に言うのは良くないんだぞー」


 神寺光一郎の声が薄っすら聞こえてくるが、敢えて無視する。

 

「な、なぜフラッシュモブをやろうとしたのですの……?」


「君に俺の気持ちを伝えるためだ」


 悪の組織が本当に実在していると本気で思っていないんだろう。

 悪霊の時よりも話が通じるようになった園崎明日香を見て、俺は心の底から『チャンス』だと思った。


(園崎明日香は今俺の言葉に耳を傾けてくれている。適切な言葉さえ選ぶ事ができれば、俺の想いを彼女に伝える事ができる筈だ)


 そう判断した俺は躊躇いを抱く事なく、自らの想いを正直に吐露する。

 

「園崎明日香、俺と付き合ってくれ」


 校門前。

 帰宅する生徒、部活動に励む生徒、そして、神寺光一郎と卯月信雛達に見守られながら、俺は彼女に想いを伝える。

 敢えて『好き』という言葉は使わなかった。

 さっき『好き』を『隙』と聞き間違われたので。


(よし、噛まずに言う事ができた。反応は、……)


 ドキマギしながら、園崎明日香を見つめる。

 彼女は驚いたように目を大きく見開くと、すぐさま平静を取り戻す。

 そして、何故か腰を少しだけ落とすと、力士のように四股を踏み始め、こう言った。

 

「……分かりました。では、」


 どすこい。

 お相撲さんのように足を動かしつつ、華麗に突っ張りを披露する園崎明日香。

 彼女は凛とした様子で俺の目を見据えると、こう言った。


「──お突き合いしましょう」


「神寺光一郎。これは俺が悪いのか?」


 それを見て、周囲にいる神寺光一郎達が『嘘だろ、こいつ……!』みたいな目で園崎明日香を見つめ始めた。

 

「……もしかして、君は俺を遠回しにフっているのか?」


 俺の言っている事を理解できていないのか、ハテナマークを頭上に浮かべながら、園崎明日香は首を傾げる。

 その反応を見て、彼女が本気で聞き間違えている事を確信した。


「……おい、犬飼。もしかしてだけど、悪霊に取り憑かれているの、お前じゃなくて、園崎(あいつ)じゃねぇの」


 どすこい。

 華麗に突っ張りを繰り出す園崎明日香を見ながら、卯月信雛はドン引きした様子で声を発する。

 俺は一旦空を仰ぐと、溜息を吐き出し、こう言った。


「なあ、俺もオカルト部の合宿、同行してもいいか?」

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