第七話 Show your rejection
佐々城と草彅に脇を挟まれる形で、僕は病室を後にした。キョゼが〝保護〟されているという地下一階に向かうためだ。
二人の刑事は無言だった。白い廊下には、僕が連れてきた点滴スタンドが滑る音だけが響いている。話すことなど一つもなかったのでこちらとしても丁度よかった。
エレベーターの前に立つ。草彅が下りのボタンに手をかざす。かごはすぐやって来た。僕らは乗り込む。草彅がB1のボタンを押す。エレベーターからパスキーの提示を求められた。すると佐々城はすかさず胸ポケットからカード状のパスキーを取り出し、ドアの開閉ボタンの近くに押し当てる。
エレベーターが喋る。「認証が完了しました」。鉄のかごが降下し始めた。
佐々城が喋る。「……災難、でしたね」。僕は答える代わりに目線を落とした。
草彅が喋る。「そりゃそうよ、私の屁の臭さはスカンクレベルなのさ」。僕は無視する。
佐々城がまた口を開く。「おならの話はしていません。島崎君の心の話です」。僕は唇をかみしめる。
草彅が茶々を入れる。「はん! せっかく空気を和ませようとしたのに、これだから……」。僕は息を吸った。
そして落としたままの目線で言う。「静かに、してほしいです」。音はエレベーターの昇降音だけになった。
しかしながら、無言の空間は長くは保たれない。大きな振動とともに鉄のかごが地下一階に到着したのだ。
三人横並びになって一歩踏み出す。二人が僕の両サイドを死守しているのは、僕が逃げないように監視しているからだろう。今なら警察車両に連れていかれる容疑者の気持ちが少しだけ理解できる。でもなんでこんな思いしなくちゃいけないんだろう。なにも悪いことはしてないのに。その場でできることをしただけなのに。奇妙な悔しさが、体中に渦巻いた。
「係長、この部屋?」
「はい、そこです。島崎君、先に入ってもらえますか」
「分かりました」
錆びついた旧式のドアノブを回す。固くてなかなか動かない。全部の体重を乗せて、やっとドアは前に開いた。
その瞬間聞こえてきたのは、
「ショウ~~!! やっと会えたあ!」
「キョゼ!!」
キョゼは廃工場のときと同じように小さな捕獲機に入れられていた。狭い空間の中で、ぴょんぴょん飛び跳ねている。よかった、元気みたいだ。これなら……。
僕は捕獲機に近づき、格子の隙間からキョゼに触れた。
佐々城が口を開く。「恐縮ですが、今からお二人には……」
僕はこの好機を逃さない。腕に刺さった点滴の針を無理矢理抜くと、「ごめんね、キョゼ。一体化するよ」
キョゼは悪魔的な口角をして応えた。刹那、白の閃光が炸裂する。溢れだす光は僕という一人の人間に吸収された。靄、靄、靄、白い靄。それらはやがて一つの形をなし始める
昨晩キョゼと一体化した際、僕の脳はキョゼの記憶と同期した。例えば脱走したキョゼが見た景色。例えばキョゼ以外のモナドの名称。例えばモナドに課せられた様々な『呪縛』……。僕は今、その『呪縛』を利用した。
つまるところ、僕はあの河川敷で知ったこと以上の〝情報〟を手にしているのだ。
僕という白い怪物は、こうして再び顕現した。
草彅の反応速度は速かった。厚い鉄板のような物体を取り出すと、「アクセスコード……」。
何が飛んで来るか分からない。僕が今すべきは、彼女との距離を取ることだ。僕は草彅が武器を展開するよりも速く、部屋の壁を蹴って反対方向に移動する。
「――000!!」草彅は身を翻しながら叫び声をあげた。
機械音が聞こえたあと、鉄板は日本刀のような武器に変形した。あれは……ウエポン? まさか、そんなはずがない。戦時中こそウエポンは量産されていたけれど、『十二月条約』が結ばれてからは製造が禁止されたはずだ。昨日の大男のような裏社会の人間が使うのならまだ分かるけど、彼女は警察だぞ? 国家権力だぞ? 戦禍の権化みたいな武器を、なんで彼女が所持しているんだ。
「二人ともやめなさい!!」
佐々城が僕らの間に割って入る。クソッ、戦闘のテンポをゼロにしないといけない。このままだと出した壁で佐々城を圧殺してしまう。草彅も同じことを考えたらしく、腕をピタリと止めて振るう刀の勢いを殺した。事態は、膠着状態に陥る。
佐々城は僕と草彅を交互に見た。双方の動作が停止したのを確認すると、体の正面を僕に向ける。
「なぜですか、島崎君。私たちと敵対する理由はないはずです」
「なぜも何もない。敵対する理由があるからです。キョゼが言っていました。『おれを追っている人間がいる』って。それはあなたたちのことですよね?」
「……。否定は、しません」
「じゃあなおさらです。キョゼは兵器である前に、一つの生命です。人間に近い、もしくは人間以上の知能を持ち合わせている。そしてキョゼは『自由』を求めている」
「何が、言いたいのですか」
「だから何もなぜもないんです。キョゼと一体化した際、僕は彼の記憶を見ました。そこには彼が初めて意識を持った時の記憶もあった。液体の詰まったカプセルの中ですよ、それは」
ひどい、話だ。
「キョゼの身柄をあなたたちに託せば、この先彼に『自由』は訪れない。兵器として利用されるか、またカプセルの中に封じられるか。そのどちらかだ。僕はそれが許せない。生命は生命らしく扱われるべきなんだ。だから僕は……」
あなたたちを、拒絶する。