第五話 脳ミソをぶん回せ
「僕の名前は島崎ショウ。地獄ならとっくに生きてきた」
キョゼの大きな口がにんまりと笑った。つられて僕もニィッと笑った。
キョゼが叫ぶ。「そんならおれを受け入れろ! 心の中で、おれと一緒になると誓え! そしてこれは『呪縛』だ。お前が死ぬか、この誓いを破棄するまで……」
「どうでもいいよ! あいつらをぶっ飛ばせるなら、なんだってやってやる‼」
「んん~~! 気に入ったあ‼」
刹那、閃光が走った。暗黒をことごとく塗り替える、白く清らかな後光のような煌めきだった。悪党たちは目を覆い、その場に立ち止まる。
その光はどうやらキョゼから発せられているようだった。だから腕が熱い。胸が熱い。なんなら両手も顎のあたりも熱い。キョゼに触れている場所の全部が熱い。光はいまだにその圧倒的なワット数を保っている。それどころか何本にも分散して放物線を描き、なんと僕の体に侵入してきた。
数多の状況が混在している。だがその状況は僕という現実を置き去りにして、勝手気ままに進んでゆく。
「な、なんだよそれ……。まるで、怪物だ」
悪党の一人が僕に向けてそう言った。僕は僕の全身を見ることができないから、怪物のようになっているのかは分からない。でも服が変形し、体中を覆う真っ白な靄と同じように向かい風に合わせて細くたなびいているのは確認できた。
そして多分、キョゼと一体化したのだ、ということも理解できた。
「さあ、かかってこいよ」
口元にも靄がかかっていたから籠ったような声になったけれど、そんなキザな台詞がまさか自分の口から飛び出したとは思わなかった。でも今の僕の思考回路はそれを肯定している。訂正しなくてよい、そのままでよいと語っている。じゃあ、今の僕もきっと僕なのだ。問題は一つもない。
「う、うおおおおお!」
一番背の低い悪党が、ナイフ状の武器で斬りかかってきた。そいつを皮切りに、他の下っ端たちも武器を構えて僕に向かってくる。
一番先に僕に辿り着いた小男は、パンチ一つで吹っ飛んでいった。続く四人も大したことない。感じるままに、手と足を出すだけでバタバタとぶっ倒れていく。
なぜか力が溢れてくるのだ。腹の底から、猛烈な勢いの力が。だからちょっとした動作で、簡単に圧倒できた。
「あとは、お前だけ」
僕は、僕とキョゼを連れ去った元凶、名前も知らないあの大男と対峙する。
大男は大層な武器を抱えていた。何口径かは知らなけど、とにかく馬鹿みたいなデカさのガトリングガン。おそらく戦時中に開発された化学兵器、『ウエポン』の一種。だからきっと、普通のガトリングガンとは違い、なにかしら『仕込み』があるはず。
しかしながら、考察の時間は与えられなかった。大男が奇声とともに引き金を引きやがったからだ。
ドドドドドドドドド……。
これも立派な絨毯爆撃。廃工場は廃々工場になるくらい莫大なダメージを負担する。ああ、やっぱり。この弾丸には感電効果が組み込まれている。たった今も、弾丸を受け止めた鉄柱に、黄色い稲妻が走った。これが『仕込み』。人を殺すことしか考えていない、クソみたいな『仕込み』。少しでも触れたらお終いだ。気を付けないと。
半永久的にはじき出されるその弾丸を、僕は走ってよけ続けた。
何かあるはずだ。超人的なパワー以外にも、キョゼに秘められた特殊な力が。これだけなら『超科学生命体』なんて名前はつかない。すごく皮肉な考えだけど、戦争のためにモナドは造られたんだ。これだけなら電子ドラッグで事足りる。考えろ、考えろ、脳ミソをぶん回せ。そんなことを頭で巡らせながら走っていると。
『拒絶』……。
ふっと浮かんだキーワード。きっとそれが大きなヒント。ああ、なんとなく分かった。モナドを造った科学者も、きっと今みたいな状況を想像していたんだろうな。
「キョゼ。君の力、ちょっと借りるよ」
走る速度は落とさずに、僕は敵に向けて手をかざした。
体に纏った靄が勢いよく放出される。一秒も経たぬ内に靄は形をなし、巨大な一枚の『壁』に変化した。僕は立ち止まった。立ち止まって表出したその『壁』にすべてを託すことにした。
ドドドドドドドドド……。キンキンキンキンキン……。
『壁』は弾丸を受け止めている。もう何十発も食らったはずなのに、ヒビの一つすら入っていない。死のための弾丸を、これでもかと言わんばかりに跳ねのけている。これが『拒絶』、か。勝利を確信した僕は、『壁』を盾代わりにして、一歩また一歩、大男との距離を詰めていった。
「おい、待てよ。こっちに来るな! 来るなと言っているだろう。来るなあ‼」
「全身全霊でお断りだね」
十歩くらい前に進んだところで、敵の弾丸が底をついた。ガトリングガンが床に落ちる。僕は『壁』を解除して大男の目の前に立ちはだかった。
「なにか、言っておくことは?」
「い、命だけは……」
その先を聞く必要はないと判断したので、僕は握った拳で男の頬をぶん殴った。大丈夫。死んではいない。死ぬほど痛い目に遭わせただけだ。
大男は例に漏れずぶっ倒れた。チェーンネックレスが地面にぶつかったときに耳障りな音が鳴ったから、もう一度殴ってやろうと思ったけれど可哀想だからやめておいた。
「ああ、疲れた」
疲れたついでに、怪物と言われた自分の姿を見ておくことにした。近くの窓に反射した自分の姿を覗く。
体の状態は知っていた。制服ごと靄になっている。ああ、肌の色も少し白くなったかな。そして一番変化しているのは頭髪。長さはそのまま天高く逆立って、こちらもやっぱり靄みたいに……。
なんて自分を観察していると、背後で電撃が走った。打たれたことないけど、雷に打たれたみたいな衝撃だった。
視界が揺らぐ。目線が下がる。そして、僕はまた気絶してしまった。
◇◇◇
「なあ先輩。この状況、上にどう報告するんだよ」
草彅は白い怪物から刀を外した。
脈をとって心拍数が低下しているのを確認する。煙が噴き出すのとともに、芋臭そうな少年と報告にあったモナドに分裂した時はちょっと驚いた。
夏廻は腕を組んだまま何も喋らない。この人が喋らないということは、それはもうヤバい事態だということだ。
ヤバいのは草彅も重々理解していたが、たぶんヤバさのレベルが富士山を通り越しているのではないか。もしかしてチョモランマ級?
「言い換えるならエレベスト級、か」
「なにを考えているのか知らないけど、エベレストだよ、正しくは」
知ってるわい、そんなこと。アンタが押し黙ったままだったから、わざとボケてやったのに、なんでそんなに冷たいんだ、クソったれ。草彅は心の中で悪態を吐いた。
ヤバいことだらけで意味不明が連鎖しているこの状況。それでも、分かっていることが一つある。ゆるぎない自明の理が、ただひとつ存在している。
つまるところ、〝事態〟は今、巨大な転換点を迎えているのだ。