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MONAD:DDDD〈モナド:ディーディーディーディー〉  作者: 東 風太郎
第二章「ウエポンズ・ワンダランド」
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第一話 アット・ザ・シネマ ①

 十月。まだまだ暑い季節。21世紀で問題になっていた地球温暖化はきっちりと、きっかりと進行した。日本が亜熱帯の仲間入りを果たしてしまったのは、たしか僕が生まれる三年ほど前のことだったと思うけれど、実のところそれは確かな記憶ではない。今という時間を生きる僕、島崎ショウにとって思い出せる明瞭な過去なんてせいぜい五つくらいだし、そのうち二つは小さい頃母親に怒られたことだとか、お祭りの屋台で買ったかき氷を購入早々ひっくり返してしまったこととか、そんな取るに足らないものたちだ。


 残りの三つはというと、一つ目が母方の祖母が病気で亡くなったときのこと。二つ目が激戦地にいた父親が頭蓋骨の一部になって帰ってきたこと。そして最後がクラスメートだった「篠田カナ」を目の前で死なせてしまったことだ。


 あの破滅的な一瞬は、僕という人間に膨大な呪いをかけた。正しい救命措置を覚えていれば、嚙み切った舌を吐き出させることができていれば……。そんな、しても遅い後悔を何度も何度も繰り返した。


 あれから三週間が経っていた。いくら亜熱帯であっても『秋らしい日』は存在する。今日十月十三日は、そういう『秋らしい』天候だった。


「それじゃあ、お願いします」


 僕の身は警視庁の中にあった。公安部特殊対策課第二係が使う、汚いのか綺麗なのか、はたまたその中間なのかすらも分からない、奇妙奇天烈な散らかり具合の部屋にキョゼを預け、五日後に控えた『大規模作戦』のために言い渡された休暇という名のミッションを開始しようとしていた。


「オーケイ。キョゼちゃんのことは任せといて」


「助かります、百川さん。係長もよろしくお願いします」


 百川さんは親指を立てる。係長はやさしい笑みを浮かべてくれた。


 今日は僕と草彅さんが欠勤だった。残りのメンバー、夏廻さんと大熊さんは現在外回りに行っている。


「休みなんて滅多に取れないんだから、ちゃんと楽しんできなよ。なにか、予定とか入れてるの?」


「いえ、特には。ふらふらと散策して、ふらふらと店に入って——って感じで、流れるままに一日を過ごそうと思っています」


「いいね、それ。いずれにせよ貴重な休みだ。存分に楽しんでくるように」


 百川さんは腕を組んで胸を張り、まるでどこかの国の軍曹のようなポーズを取った。ほんとに面白い人だな、この人は。


「じゃあ、ごめんね、キョゼ。行ってくる」


「おう! いつも迷惑かけてゴメンな。楽しんでこいよ!」


「迷惑だなんて思ってないよ。けど、うん。しっかり楽しんでくる」


 僕はキョゼに軽く手を振ると、もう一度二人に会釈して二係の部屋を後にした。


 かなり唐突だけど、今まで起こったことの復習をしたいと思う。主に、モナドを巡る情勢について。


 モナドとは戦時中日本軍が秘密裏に製造していた超科学生命体の総称だ。全部で十体存在するのだけれど、戦地に投入される前に終戦を迎えてしまい、そこから十年間、彼らは生体カプセルの中に封印されていた。


 事態が急転したのは半年前。『シャーデンフロイデ』と名乗る武装集団がモナドを保管していた施設を襲い、『空虚』・『追憶』・『感応』・『回生』・『勅令』の五体のモナドを略奪。『獣性』・『宿怨』の二体を殺害し、『拒絶』・『憤怒』・『飛翔』の三体を外の世界に解き放った。


 奪ったモナド、殺したモナド、逃がしたモナド。なぜモナドという要素を三つに分類したのかは不明。組織の目的も、本拠地も、国籍も、構成員の人数も、活動開始時期も、資金源も不明。ただ一つ分かっているのは、組織は〝生命の解放〟を主目的にしているということだけ。事件以降、組織は死んだように息を潜めたため、政府上層部は頭を悩ませていた。


 それから五ヶ月ほど本件には目立った動きがなかったが、『拒絶のモナド』ことキョゼが僕と運命的な出会いをしたことによって歯車は再び動き始めた。また、篠田カナの一件を経て捕獲された『憤怒のモナド』は、現在、国が運営する秘密施設に厳重な警備のもと収監されている。


 そして先日、とある犯罪者集団に潜っていた特対課の捜査員が、驚きの写真を警視庁に持ち帰った。シャーデンフロイデにウエポン(=大戦中に開発された化学兵器の総称)を供与した疑いのある『笠羽一派』。そのアジトでモナドらしき生物の存在が確認されたのだ。


 深い青色の個体だった。アニメとかゲームによく出てくるスライムをイメージしてもらいたい。一派の首領・笠羽キョウジが使用しているとされる部屋に、そいつはそっぽを向いて佇んでいた。写真からではその個体名までは分からないが、公安の上層部はシャーデンフロイデが奪っていった五体のモナドうちの一体ではないかと踏んでいる。この見解は論理的なものであると思うし、事実二係のメンバーは全員それに賛同している。


 時を同じくして、シャーデンフロイデに対するウエポン供与の容疑がより強固なものになったことから、笠羽キョウジをはじめとした一派の面々に東京地裁は逮捕状を発付した。モナドの所持、武器の供与、そして笠羽個人に関しては非合法な物品を高値で売りさばいた事実……。逮捕に必要な証拠はすでに揃った。


 こうして笠羽一派掃討を目標にした『大規模作戦』が、特対一係と二係によって五日後、行われる。

今日は、そんな世紀の一戦のための大事な休養日だった。


 五日後が正念場なのに休んでいる暇があるのか、と僕の中の悪魔が囁く。けれど、悪魔にはこの三週間働き詰めだった僕のことを労わってほしい。今日くらい休んでしまっても神様は罰を与えないはずだ。


 そんなふうに、公的に認められた休暇に自問自答をしながら、僕は東京の街を歩いていた。


 風が吹いた。実に『秋らしい』風だ。


 春と秋の区分が気象学上失われてしまった現代日本だけれど、二つの季節を表す言葉は『春らしい』とか『秋らしい』という一つの〝単語〟として今でも残り続けている。今を生きる日本人は、みんな本当の春や秋を体験したわけじゃない。けれど、生ぬるい冬が終わり、地獄のような夏がやって来るまでの僅かな日数に訪れる、過ごしやすい気候のことを『春らしい』。反対に、業火灼熱の夏が終わり、中途半端な冬が訪れるまでの何日間かにやって来る、居心地のよい気候のことを『秋らしい』と表現している。


 それもこれも、遺物(レリック)魅力(ファンタスティック)を見出す人類特有の技術(テクニック)だった。それが良い方向に転ぶこともあれば、悪い方向に転ぶこともある。


 例えばそう、僕の眼前に広がるむき出しの鉄骨……。かつて東京タワーと呼ばれていた立派な電波塔は、見るに堪えない鉄の遺物(レリック)に変貌していた。

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