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MONAD:DDDD〈モナド:ディーディーディーディー〉  作者: 東 風太郎
序章「形而上ビギニング」
3/32

第二話 遭遇!

 どんな時代の学生でも、きっとこう思ってるんじゃないかな? 『昼休みが終わって一発目の授業を倫理にするのは、学校側が仕組んだ嫌がらせだ』って。


 腹の膨れた育ちざかりが集まる空間。漂う午後の眠気。そしてアカウンタビリティとか、マキャベリズムとか、レシピエントとか、覚えにくい横文字の連続攻撃。加えてウチのクラスの倫理の先生は、授業の内容が難しい方向によく()れる。こんなのもう、うたた寝しない人間の方が珍しい。


 そんな生徒の(まぶた)を気にする様子もなく、先生はまた教科書の内容とかけ離れた倫理の世界を語っている。


「えー、この〝モナド〟とはドイツの哲学者ライプニッツが提唱した実体概念のことでありー、端的な言葉で言い表すのならば『すべての存在の最小単位』となるわけでして……」


 うん。非常に興味深い内容ではあるんだけれど、そろそろ定期テストが近いのに前回のテスト範囲から五ページしか授業が進んでないのはかなり問題だと思う。だからB組の倫理の成績は他の組より悪いのだ。はあ、先が思いやられるな。


 そんなこんなで六限目、七限目と授業が続き、掃除が終わって終礼の時間。僕は部活に入っていないから、これが終わればさっさと寮に帰るつもりだ。


「連絡事項はこのくらいかな。じゃあ解散」と担任が告げる。


「起立、気をつけ、礼」 朝と同じように篠田さんが号令をかけて、僕らの一日は終了した。




 わいわい、がやがや、ひそひそ、せかせか。教室に残った生徒はいくつかのグループになって談笑を楽しんでいる。部活に(おもむ)く生徒はおのおのの道具を手に持ってニコニコしながら教室から出て行く。


 当の僕はというと、気軽に話せる友人が一人もいないもんだから、とぼとぼのびのびと散歩感覚で寮に帰るしかないのだ。まあ本屋がことごとく消え失せたこの現代で、『紙の本』を読んでいるような変人に友達ができるはずもないんだけどね。


 寮までの帰り道は短いけれど、実はお気に入りだったりする。緑の茂った河川敷に座って、水面(みなも)をぼうっと見つめるのもなかなかオツなものだ。ああ、そうだ。お昼に購買で買ったサンドイッチがまだ残ってたな。ちょうどお腹も空いてきたし、川を眺めながらもしゃもしゃ食べようか。


 疲れたなあとか、宿題やんなきゃなあとか、そういった何でもない普通のことを考えながら多摩川へ向かう。ほんとうに何でもない、普通の歩調で。いつも通りのペースで河川敷につながる階段を降りる。西日になりかけた眩しい日光に当たるのが嫌だったから、真上を通る橋の影になる場所に座り込んだ。


 通学カバンの中をまさぐり、まだ手をつけていないサンドイッチが入った袋を取り出す。具はなんだったけ? ええと、ああそうだ。レタスとスクランブルエッグ。ハムも入ってたな。お、トマトもあったか。そして多摩川の水面は今日も美しい。じゃあ、いただきま……。





「うま、そう……」





「んん?」


 橋の下の暗闇から、声がした。キーの高い、子供のような声だ。でも姿は見えない。いったい誰の声なんだ? いったい何がそこにいるんだ? 好奇心に駆られた僕は急いで橋の下に向かった。


「あ、ちょっと待った! ヤベェ、やっちまった。どうしよどうしよ。ひ、ひとまずコッチ来んな! 呪っちまうぞ、祟っちまうぞ! うーん、止まるわけないよな。どうしたら、どうしたら……。あ! あー。あーあ。見つかっちゃった」


 生い茂った草むらをかき分け、声の主の全身を目に収める。


「え、ええ?」


 自分でもびっくりするくらい腑抜(ふぬ)けた声が出た。


 直径30cmくらいの白くてふっくらした球体。大きな口と小さな鼻。黒くつぶらな瞳と、どこかの犬のように長く垂れた耳が特徴的……。声の主はこの世のどの種にも該当しない、奇妙奇天烈で摩訶不思議な生物(?)だったのだ。


「なんだよ、ジロジロ見やがって。そんなにおれが珍しいか」


「い、いやあ。違うと言ったら嘘になるけど……。えっと、君は……何? そもそも生き物?」


「ふん。誰が教えるかよ。だけど……、そうだな。お前が今食おうとしたヤツを俺に寄越してくれるなら、考えてやらないこともない」


「え、そんな簡単なことでいいの?」


 謎の生物Xはもちろんだ、と言わんばかりに目を閉じて頷く。いや、もっちりと地面に密着してるこの球体に対して『頷く』という表現が正しいのかは分からないので、『肯定した』と言い直しておこう。


 お腹は空いていたけれど、こいつの正体を知りたい欲求のほうが強かった。僕がサンドイッチを手渡すと、Xは口を大きく広げてそれを丸ごと飲み込んだ。


 うんうん、うむうむ、ほーう! 目をぱちぱちさせたり、耳をパタパタさせたり。サンドイッチの入った口も、閉じたままいろいろな方向に動く。Xは種類の豊富な動作でその美味しさを表現していた。


「君のこと教えてもらってもいいかな?」


「ああ、いいぞ。約束だしな」


「やった!」 


 上から見下ろしてばかりもよくない。僕はしゃがみこんでXとの心の距離を縮めることにした。


「まずは、そうだな。お前、袋みたいなの持ってないか? できれば二つ」


 何に使うのかよく分からないけれど、僕はカバンの中からビニール袋を二つ取り出した。一つはサンドイッチを買った際に購買でもらった袋。もう一つは『もしものために』常備しているレジ袋だ。


「うん。じゃあそれを広げておれの耳の横に持ってくるんだ。右と、左に。そうそう、そんな感じ。しっかり広げとけよ。そして離れとけよ」


「え? どうし……」 て、と言い終わる前にXはやりやがった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「ゲロゲロゲー、オロロロロロロロ」


「ちょ、ちょっとぉぉ!! いや、たしかに『もしものために』準備してたよ、レジ袋。でも、ここで使われるなんて……って、え、もしかしてこれ、さっきのサンドイッチ⁉ 嘘でしょ⁉ もしかして吐くのが分かって食べてたの⁉」


「ああ、そう、だ。()()()()()()()〟には、消化器官がない、んだ。だから、食ったものは、こうして耳の穴から、排出、される」


 あーすっきりした、とおっさんみたいな口調でXは言った。


 この時の僕の心情を正直に話そう。


 〈〈〈 なんだコイツ!! 〉〉〉

 

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