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第八話 追う者と追われる者

 うすらうすらと目が開く。横たわった自分、それを認識。車の後部座席、次に認識。腹のあたりで添い寝する『憤怒のモナド』、さらに認識。私の名前――篠田カナ、続いて認識。顔を上げる。信号のない道路。走っているのは高速道路、認識。ただただハンドルを握る回収屋、最後に認識。


「起きましたね。どうです、体は。荒業を使って引き離したので、多少痺れが残ってるとは思いますが」


 荒業。ステッキから飛び出たあの弾丸のことだろう。あの弾が被弾した瞬間、鞭で叩かれたような痛みが体の内側から炸裂した。痛みを自覚したコンマ一秒後には、一体化していたはずのフンヌが体の外に飛び出していた。


「あれは……、なんですか? 回収屋さんの、ウエポン?」


「ウエポンであることは認めましょう。けれどそれ以上の質問はご勘弁願いたい。私の専売特許でもあるのでね」


 カナは身を起こす。いまだ目を覚まさないフンヌを抱えて膝の上に優しく乗っける。


「回収屋さんってミステリアスな人だよね。本名は明かさないし、誰に対しても敬語だし。ねえ聞きたいんだけど、なんで私と一緒に行動するの? なにか別の目的があったりする?」


「ははは。かなり穿った質問ですね。そうだな、カナさんと行動をともにするのは、単に興味があるからです。あなたという人間、あなたという悲劇……。『憤怒のモナド』の性能も見ておきたかった。目的なんて他にありません。私はただ、『回収』するために働く男。実を言うと本職はおさぼりしてるんです」


 回収屋は軽妙な口調で言ってのける。――ああ、やはり〝分からない人〟だ。この人は、この男は、一体全体何者なのだろう。


 モナドという兵器を知っている。奇妙なウエポンを持っている。『回収』? いったい何を。何を『回収』するのがこの男の仕事なのだ。


 分からない、分からない、まったく分からない。この男を形作るすべてが見えない。行動の端々を観察しようとしても、彼を包む暗黒のベールが邪魔をする。ちょっとした癖を探そうとしても、それが現れることは決してない。


「なんでそこまでして自分を明かさないの? なんでそこまでして自分を隠すの? 私はあなたを信用しているのに、あなたは私を信用してないみたい。私は、それがすこし寂しい」


「寂しい、ですか………」


 バックミラーに映る回収屋がちょっと困ったような顔をする。


「それはいい感情だ。今後も大切にするべきです。大人になると、あまり大ぴらにできないものですから……」


 ほら、そうやってはぐらかす。カナは頬をぷくっと膨らませながら膝の上で眠るフンヌを抱きかかえた。もちもちした体に顔をうずめる。低反発枕のようにフンヌの体が沈み込む。重い、重い……。フンヌが目を覚ます。カナは顔を外さない。そのままフンヌに顔をうずめている。


「ちょいちょいちょい、息ができないよ。おい、回収屋なんとか言ってやってくれ」


「さあ」


「さあってなんだよ。まったくどいつもこいつも。そもそもどこに向かってるんだ」


 回収屋の片眉が傾斜する。「簡単ですよ。カナさんには分かりますよね」


 カナは頷く。そして『最終目標』、と一言。


「でもね、回収屋さん。私気が付いたの。今は帰宅ラッシュの時間帯なのに、車が一台も見当たらない。ここは高速道路なのに、車が、一台も。これって嵌められたのかな。ずる賢い警察に、胡散臭い公安に」


「ええ、まことに遺憾ながらその可能性は高いですね。この車は自律システムすら搭載していない旧世代のガソリン車ですが、他の一般的な車は違う。各自動車メーカーが保有するマザーコンピューターが高速を降りるよう指示すれば、所有者の入力した目的地を無視してそのコマンドを実行します。私たちにバレないよう、不自然ではない間隔で一般車両を指定区間内から退避させこの車を追跡しやすくする。おおかた警察上層部の人間が自動車メーカーに命令したんでしょう。ははっ、公権力の常套手段だ」


 それ以外にも彼らなりのメリットが一つ。回収屋はハンドルを握ったまま人差し指を立てる。「分かりますか?」


 間髪を入れずカナが答える。「ここは高速道路。車がなければ他者の目に触れることはほとんどない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()


 回収屋の顔に笑みが浮かぶ。「ビンゴ。つまりこれから始まるのは……」



◇◇◇◇◇



 ぼんやりと目が開く。視界が徐々に鮮明になる。ああ、僕はこのひと月でいったい何度気絶したのだろう。神の視点で僕のことを見ている人がいるとすれば、馬鹿だ滑稽だ、なんて言って嘲笑うだろうな。そんなことを思いながら僕はむくりと体を起こす。


 見覚えのある車の中。後部座席。車窓の景色。高速道路の料金所――ETCのレーンを通過。運転席に視線が移る。ハンドルを握るのは――。


「無事だったんですね、夏廻さん」


「おお、起きたか。うん、まあね。CC(シーシー)をもらってて正解だった。袈裟斬りにされた僕の右肩から左の脇腹では、いまごろナノマシンがせかせか働いてるだろうね。君の背中も結構ヤバかったんだよ。治療が遅れてたらどうなってたことやら」


「未熟ですみません。ほんとうに、情けない」


「ああごめん、責めたわけじゃないんだ。僕も学習しないな。余計な一言でいつも人を傷つける」


 夏廻は左手をハンドルから離し、ナノマシンが蠢く右肩をニ・三回さする。


 CC――。コンパクトキュアーの略称。第三次大戦で激戦地に赴く一部の兵士に支給されていた汎用性のあるウエポンである。シールのような形状の本体を負傷した部位に貼り付けることで本体が起動。接着面に付着している何十万というナノマシンが負傷部位を検知し、皮膚や血管といった簡素な構造の体内器官に変態(メタモルフォーゼ)する。それがCC。戦争が産んだスグレモノ。稼働可能時間の短さや高額な費用といった短所はあるものの、医療業界でも広く使用される現代医療の最高峰だ。


稼働可能時間(タイムリミット)は――、あと五十分ってとこかな。その間に僕らは篠田カナと回収屋をとっ捕まえなきゃいけない。それを過ぎたら斬られたところから血がブシャー。二人仲良く失血死」


 うわあ、考えたくない。


 僕より早く目を覚ましていたキョゼも口をすぼめながら、「おそろし、おそろし」。


「拉致されていた富下シズカは大熊さんが無事保護した。君たちレセプターが出現した電子的な証拠はモモさんが頑張って削除中。周辺住民を避難させてたこともあって、そう難しい作業じゃないらしい」


「そうですか、それはよかった。――あれ、係長と草彅さんは」


「係長はモモさんの助手をしてる。難しくはないとはいえ、とても一人でこなせる量じゃないからね。ナギちゃんは……、捜査から外されたらしい」


 え、と僕が驚くのと同じタイミングで夏廻さんは再び口を開く。


「でもまあ、命令違反は彼女の十八番だ。きっとここぞというタイミングで僕らの前に現れるよ。だから心配しないこと。いいね?」


 はい、もちろんそんなことはしません。彼女がどれだけ破天荒な人間であるか、僕はこの一ヶ月で痛いほど思い知らされました。彼女は図太いです。彼女は公共の場だろうと、警視総監の前だろうと平気で屁をこきます。彼女はアナーキーの塊ような女性です。なのでまったく心配していません。むしろ彼女が原因で連帯責任を取らされないかが心配です。――なんてこと口にするわけにはいかないから、僕は何も言わずただ頷くだけに留めた。


「それで、この車はどこに向かってるんですか?」


「おや、今日の嘱託捜査官さまは勘が悪い」


「『余計な一言』、直す気ないでしょ」


「ははっ、ごめんごめん。でも君なら気づいてると思ったんだ」


 むむむ。どういうことだ。それは今までの出来事に目的地を推察できる要素が存在していた、ということだろうか。うん、きっとそういうことだろう。僕はさっそく推理を始める。


 まっさきに思いついたのは二係への帰投。けれどそれはあり得ない。いや、二人の命がかかったCCのタイムリミットを考えれば一度帰って仕切り直すのが正解だろうが、それならば高速道路を使う理由が分からない。つまり僕らには命がけで、かつ早急に篠田たちを捕えなければならない理由がある。


 高速道路。それをキーワードにして僕は仮説を立てる。もしかしてやつらのあとを追っているのではないのか? この遠くへ伸びる道の延長線上でやつらも車を走らせているのではないか?


 ひとまず仮説を肯定し、思考は次のステージへ。


 僕らは今すぐに彼女たちを捕えなければならない。そのために僕らは彼女たちのあとを追っている。篠田たちは退却したのか? それも違うか。ただ逃げてるだけの犯罪者を二つの命をかけてまで追う必要がない。他の者に任せれば済む話だ。


 僕らにしかできないことがあるから、篠田たちを追跡している……。いいや、少し傲慢な考え方をしてみよう。『僕ら』ではなく、『僕』。『僕』にしかできないことがあるから、篠田たちを追跡している。


『僕』。つまり島崎ショウ。『拒絶のモナド』のレセプター。レセプターにしかできないこと。それは他のレセプターとの対決。篠田カナとの対決。ついさっきも激戦を繰り広げた。


 篠田カナ。思考の中心を彼女に置き換える。


 彼女はなんと言っていただろうか。思い出せ、思い出せ、思い出せ……。


 リコレクション。『違う、違うよ! 私は『全部』を焼きたいんだ。一つの漏れも許されない!』


『全部』。それは彼女を邪魔するすべてのもの。それは彼女を今の彼女にしたすべてのもの。富下のことは諦めていた。いじめていた他の三人はすでに死亡している。じゃあ、そのいじめの原因を作った諸悪の根源は? 彼女がもっとも憎む人間は?


「ああ…………」


 それは篠田ツカサ。彼女の父親。草彅さんの両親を殺した、死刑囚……。


 僕はやっとのことで答えを出せた。「拘置所に、向かってるんですね」


「そう、そういうこと。今から身を隠すのは至難の業だ。チマナコも捕捉してるしね。それならば多少リスクを冒しても目的を達成するほうが賢明だ。篠田ツカサを抹殺する、という目的をね。」


 夏廻は舌なめずりをして言葉を連ねる。


「つまりこれから始まるのは……」


◇◇◇◇◇


 ――カーチェイス。


 夏廻と回収屋。二人の思考は、空間を超えて一致した。

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