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第六話 憎火③

「よくここが……、分かりましたねぇ」


「ははっ、リレー捜査ナメんなよ。どんだけうまく隠れようと僕らは必ずホシを見つける」


 回収屋のセーフハウス。その居間。ショウが篠田カナと対峙している時、夏廻ソウマもまた『敵』と対峙していた。


 浅黒い肌。長身痩躯。チェック柄のカッターシャツにサスペンダー。深緑のハンチング帽。後から出た情報によると外見は三十代後半から四十代前半。なるほど、相対する敵は〝回収屋〟と名乗る人物で間違いない。


 証言にはなかったし夏廻の独断と偏見を踏まえた見立てだが、回収屋の顔立ちは南国出身の人間のように見えた。この件は調査の余地あり、だな。夏廻は『電弾銃(でんだんじゅう)』を向けながら問いを投げる。


「いちおう聞くけど、投降する気は?」


「残念ながらありませんねぇ。今ここで白旗を()げるのは論理的じゃない」


「へえそう。それにしてもすごいね。この状況でコーヒーを飲むかな、普通。動作があまりにも潔すぎて引き金引くタイミングなくしちゃったよ」


 回収屋はカップを口元から離すと、恥ずかしがるようにフフフと笑った。


 ほんとうに、わからない男だ。


 夏廻がこれまで出くわした犯罪者は、何回か会話をすれば心の底がはっきり見えるような者ばかりだった。だがしかし、この回収屋という男は底が見えないどころかそもそも心が見えない。ひょうきんな見た目とは裏腹に、体のどこかに猛獣を飼っていそうな危うさをはらんでいる。


 敵が動いても引き金が引けないということは、夏廻の本能がその猛獣に恐怖しているのだろう。額に浮かぶ脂汗の粘度がぐっと増す。


 その時、爆音。隣のガレージからだ。ついさっきショウが突入し、中にいると思われる富下シズカを助けに行った。この場に篠田カナはいない。ならばレセプターどうしが激突した、と考えるのが普通か。


「論理的思考は大事ですが……」


(――まずった!)


 アクションがワンテンポ遅れてしまった! どこからともなくステッキを取り出した回収屋は柄を握り締め、仕込まれていた刃を夏廻に向けて振りかざす。


「ここは戦場。気のゆるみが生死を決めます」


 夏廻の視界に、鮮血が舞った。


◇◇◇◇◇


 太陽舞う外界。レセプター対レセプター。恐らく世界初の対戦カード。僕は少し不安を覚え、体の下の景色に目を向けた。


 監視カメラ、報道用ドローン、電車の窓、その乗客によるネットの書きこみ、もろもろの手段からモナドの秘密が外部に漏洩する可能性は高い。――が、突入前百川さんは僕にこう言っていた。


『情報の処理は私に任せて。ショウ君は思いっきり戦ってね』


 親指を立てて、自信満々の笑みと一緒に、そう言った。


(信じる。信じますよ、百川さん!)


 彼女はPC周りにとても強い。周囲は気にしなくていいんだ。今すべきなのは、篠田カナの確保!


 僕は『壁』を作り出し、その端をしかと握り締め、宙に舞う篠田めがけてぶん投げた。


『壁』はまるでフリスビーのようにくるくると旋回し、篠田の体に激突する。


 ぐはっと彼女の声が漏れる。だがこの程度で落ちるレセプターではない。篠田は『壁』を払いのけると、落下の勢いと足の裏から噴射した炎をエンジン替わりに、僕に向けて燃える拳を振りかざす。


 ガレージの屋根を突き破ってすぐのことだ。篠田と同じく僕の身も空中にある。炎という加速器がある以上、空中戦は分が悪い。そもそも僕は飛べないのだ。跳躍したまま落下を待つ身なのだ。


 避けようにも足場がないから避けられない。しかしながら、あの炎に対する『壁』の耐火性は実証済み。ならばもう、腹を括って受け止めるしか……。


 僕は『壁』を作り、間一髪で篠田の拳を防御した。それはそれでよかったものの、篠田の加速は凄まじいものだった。二枚目の『壁』を出す暇もなく、僕はアスファルトに叩きつけられる。


 ぎぎ、ぐぎ、ぎぎぎぎ。肉体が軋む音。レセプターでなければ死んでいた。ほんとうに、キョゼに感謝だ。


「サンドイッチ……、あとでたくさんあげるからね!」


 篠田に追撃されるより早くに僕は足の裏に『壁』を展開し、寝ころんだまま『壁』の面で篠田を蹴った。


 篠田は腕を交差して防御するも、その衝撃には耐えられなかった。険しい表情を浮かべながら、後方に吹っ飛んでゆく。


 間合いができた。物凄く緊迫した空間だ。


 少し交わっただけで分かった。レセプターの基礎的な敏捷性はおなじレセプターでも対応しにくい。つまり一定の距離が取れた戦況において、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかしながら動いた側はその一撃を外してしまうと、動かなかった側に即刻反撃され有利は一転、不利に置き換わる。この空間には、そういった敏感さが含まれていた。


 張り詰めた空気の中、篠田が切りだす。――サンドイッチ。


「え?」


「サンドイッチ、そっちのモナドも食べるの?」


「まあ、うん」


 なんだ? どんな意図を持った質問だ?


「ふーん、そうなんだ。いちおう聞いておくけど、そっちのモナドは『拒絶』、でしょ」


「否定したところで、だよね。そう、『拒絶のモナド』は僕に力を貸してくれている。そういう君は『憤怒のモナド』のレセプター、だね」


「そうよ。フンヌと私は一心同体。私を邪魔するもの、私が邪魔だと思うもの、もしくはその両方……。気に入らないものがなくなるまで、私たちは焼き尽くすの」


「それが正しいことだとは思わない」


「分かってるよ、そんなこと。でもね、もう止められないの。止めることは許されないの。――あなたは私の邪魔をした。だから、その命を焼いてやる」


 それは御免だ。僕にはやらなければならないことがたくさんある。


 父親の遺したホームズ全集を読破する。大長編を含んだドラえもん全巻をもう五周読み切る。立派な大人になる。身の丈にあった幸せを手に入れる……。その前に、日本に散ったモナドの脅威を排除する。


 どうして、と自問。実は上手く答えられない。もしかすると、自分にしかできないことが存在している現実に快感を覚えているのかもしれない。その快感を使命と履き違えているのかもしれない。けれど、それでも。


「僕はこんなところでは殺されない。やるべきことをやり遂げるまで死ねない。命を焼くって、今言ったね」


 僕は語気を強める。「やれるもんなら……、」


 やってみろよ。


 篠田の長い頭髪が、今よりももっと燃え上がる。「荼毘(だび)()せ、島崎ショウ!!」


 住宅がぽつりぽつりと点在する閑静な地区。篠田の叫びとともに、いくつもの火球が僕を襲う。


 突貫する必要はない。このまま『壁』を出し続け、火球が途切れた瞬間を突く。


 けれど――、僕にできるのか? 守ることしか能のないこの僕に。攻撃手段の乏しいこの僕に。


(できるのか、じゃないだろう? ――()()んだ)


 攻撃が中断した。この隙を見逃すわけにはいかない。水平にした『壁』の端をしかと握り締め、僕は篠田に突撃する。


 篠田はこの反撃を読んでいたらしく、『壁』が激突する寸前に右横に飛びのいて躱した。が、道幅に余裕がなかったため、篠田の燃える体は民家の塀に接触し、やがてそれをぶち壊した。


 百川さんの防犯カメラ解析によって暴かれた、回収屋のセーフハウス。そこを中心とした半径二百メートルの区域には自治体から避難命令が出されている。もちろん、回収屋にバレないように最大限の配慮をした上で。


 対象区域に住む住人の避難が完了してからセーフハウスに突入したため、この民家にも人はいないはず。


 しかしながら篠田はそれを知らない。僕に背を向け、おそらく人質を取るつもりで民家の敷地内に踏み込む。背面取りを狙って『壁』を投げつけたが狙いが外れてしまった。『壁』は庭先のプランターを粉々に砕き、さらに地面を深くえぐる。


 篠田は窓ガラスを割って民家内に侵入した。僕も『壁』の展開を解き、急いで彼女の後を追った。

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