第二話 鎮魂
「は~、まっっくろ」
「ほんとだね。隣の教室に燃え移らなかったのが幸いだ」
「おい、二人とも。お喋りより先に手ぇ合わせろ」
大熊は教室の中心にしゃがみ込む。目をつむり、両手を隙間なく合わせる。
焼けた遺体はすでに法医学教室に送られた。弔うべきホトケはここにはいない。それでもここで人が死んだのは確かなのだ。未来ある若者が、ここで、この場所で、殺された。
草彅は自分の蛮行を深く反省し、大熊に並んで合掌した。
「すんません」
「ああ、気を付けろよ。いくら時代が変わろうと、現場は現場なんだ。理不尽に奪われた命に対して、俺たち刑事はきちんと弔う義務がある。それを忘れた暁には、お前ら刑事失格だ」
分かったか?
大熊が言う。草彅と夏廻は強く頷いた。
それから五分ほど経って……。
「すみません、遅れました」佐々城係長が姿を現す。
「おはようございます、係長。あれ、モモさんとショウと……、キョゼは?」
「島崎君は任意の事情聴取を受けています。このクラスのことを少しでも教えてほしかったので。キョゼくんは百川さんが面倒を見てくれています。ですからご安心を」
係長は言葉を切ると教室の中心に移動し、キリエ・エレイソン、クリステ・エレイソン、キリエ・エレイソン……。三回ずつ、唱えた。
「え、係長って」
「はい、基督教徒です。あまり熱心な信者ではないので簡単な祈りしか行えませんが、合掌よりはこちらのほうが肌に合う」
係長はそれ以上信仰の話を広げなかった。思考回路を瞬時に切り替え、捜査員三人に向けて事件のあらましを説明する。
「学校から通報があったのは本日午前八時半ごろ。一年生の教室が燃えているとのことで消防が駆け付け、消火活動にあたりました。その後焼け跡から八人の遺体が発見されました」
草彅は手元の端末に視線を移す。被害者の氏名……、クラス担任の菊池ヒロシ、生徒の高木メイ、田中チカ、峯川サチ……、他にも四つの氏名。いたたまれない気持ちが胸中を冒す。
「クラスメートの証言からも分かるとおり、容疑者である篠田カナがモナドと一体化し犯行に及んだのは間違いありません。問題なのは……」
「〝回収屋〟――ですね」
嘆息まじりの夏廻の言葉に係長は首肯する。
「篠田の協力者とみられる男、回収屋。『長身痩躯で浅黒い肌。チェック柄のカッターシャツの上にサスペンダーを着用。深緑のハンチング帽をかぶっていた』と、生徒の証言あり。モナドを校内に持ち込んだのは彼だと思われます」
「厄介ですね。まさかモナドに通じる人物がでてくるとは。シャーデンフロイデとの関連性も視野に入れて捜査しないと」
「そうですね。事件前後の二人の動向については、防犯カメラの映像を百川さんに解析してもらうことにして、我々は篠田の犯行動機を……。あ、情報が更新されました」
四人全員が手元の端末に目を向けた。
端末にはリアルタイムで捜査状況が更新される特殊なアプリがインストールされている。二係のメンバー内だけで共有されるものではなく、本件に関わりのあるものならば他の部署が入手した情報もこのアプリ内に『入って』くる。今しがた更新された情報は、捜査一課が生徒に聞き込みをして手に入れたもので……。
しばしの沈黙が訪れる。五秒くらい経ってやっと、
「いじめ、ですか」
夏廻がそっと呟いた。
◇◇◇◇
「で、さ。今連絡が入ったんだけどさ。きみはさ、同じ委員会に入ってたんでしょ、篠田カナと。知ってたの、彼女がいじめられてたこと」
2112年9月19日。僕こと島崎ショウの体は取り調べ室の中にあった。パンチのきいた顔をした刑事の向かいの席に腰を下ろし、任意の事情聴取を受けていた。
「クラスメートとの関係がうまくいってなさそうなのは知っていました。ですが、その……」
「いじめられているとまでは思わなかった、と。そう言いたいワケね」
「……はい」自然と拳に力が入る。
「そんでさ、今度は簡単な電子解剖の結果が送られてきたんだけどさ。まず担任の菊池ね。この人の死因、なんと失血死。鉄砲でバンと撃たれたんだって」
「…………」
「あんまり動じてないね」
「いえ、ショックは受けています」
「あ、そう。そんでもってさ、他の七人はやっぱり焼死なワケ。この峯川って子は特に可哀想」
「どんなふうに?」
「ほとんどないんだって」
「なにが」
「おつむだよ、おつむ。頭部から勢いよく燃やされたんだって。まったく、どんな道具を使ったのやら……」
刑事は眉を寄せ、困ったような顔をする。
「そんで。とある女子生徒の証言によると、いじめのリーダー格はこの峯川サチだったらしいのよ。きみ、なにか知ってる?」
峯川……。峯川、サチ。脳の記憶領域を拡張し、彼女に関する情報を引き抜いてゆく。
「目立つ存在、でした」
「それだけ?」
「学校行事では、つねにリーダーを……」
「それだけ?」
「クラスをまとめる、委員長気質の……」
「篠田がいじめられていた原因は? 知らないの?」
「…………」
何も、答えられなかった。
目の前の刑事はため息をつきながら、額の汗を手で拭う。
「篠田の父親はさ、殺人犯なのよ。それもただの殺人じゃなくて、強盗殺人起こしてるワケ。何の弾みかは分かんないけど、その噂がクラスの女子の間で広まったみたいだねぇ」
この噂も知らないの。刑事は僕に問い詰める。僕は今度も頷く。刑事は今度もため息をつく。
不甲斐ない、不甲斐ない。本当に不甲斐ない。可能であるならば、自分自身を炎燃ゆる地獄に送ってやりたい。そのくらい、僕は僕という人間に憤激している。
「犯罪者の娘。人殺しの娘。そう言われ続けていたらしい。詳しいことはいずれ分かると思うけどね。陰湿だね、ほんとうに」
言いながら刑事はパソコンの画面を僕のほうに向けてきた。そこには篠田の父親、篠田ツカサが起こした強盗殺人事件の記事が光っていた。
『東京都××のクリニック内で院長夫婦の遺体が見つかった事件で、警視庁は強盗致死傷の罪で無職篠田ツカサ容疑者(37)を逮捕した。警視庁によると、篠田容疑者は今年(注:当時の記事のため正確な西暦は2103年)1月20日金品を盗むためクリニックに侵入し、その場に居合わせた同クリニック院長の草彅マサヤさんと妻のカヤさんを刃物で……』
え、と声が出てしまった。いや、出ないほうがおかしかった。
思わず僕は刑事の顔を真っすぐ捉える。
「ようやく分かったみたいだね。そうだよ。犠牲になった草彅夫妻は、二係の草彅さんのご両親だよ」




