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MONAD:DDDD〈モナド:ディーディーディーディー〉  作者: 東 風太郎
序章「形而上ビギニング」
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第十三話 幕開け

 疲れた。端的に言って疲れた。


 脳ミソに送り込んだ情報の量が膨大だったのだ。十体のモナド、シャーデンフロイデ、軍事施設襲撃事件……。普通に生きていたら知るはずのない機密をこれでもかというほど叩き込まれた。事前にもらっていた資料である程度は知っていたけれど、目で読み込むのと耳で聞き取るのでは消費するカロリーが圧倒的に違った。


 公用車でセーフハウスに戻った僕は、家に着くなりアマゾンで購入したばかりのソファにダイブした。キョゼも続いて飛び込んでくる。車の中では特殊なリュックサックに入っていた彼だから、その解放感といったら途轍もないだろう。まあ、カプセルの中から脱走したときほどではないだろうが。


「ちょっと気になったんだけどさ」


 僕は体を捩りながらキョゼに尋ねる。「モナドって消化器官がないんだよね」


「そうだな。食えはするが吐いちまう」


「じゃあどうやって生命を維持してるの? 生き物である以上、栄養があるものを蓄えておく必要があるんじゃない?」


 うーん、とキョゼは体全体を傾かせて思考する。


「水は飲まなきゃいけないけど、少しでいいしな……。モナドロジーってのは言ってしまえば〝極限の活力〟なんだ。モナドはモナドロジーの塊みたいなもんだから、栄養分はほんとうに必要ない」


 サンドイッチは時々ほしいけどな、とキョゼは笑って付け加えた。


 極限の、活力。僕は心の中で呟いてみる。それから、もしかしたら永久機関になり得るんじゃないか、とも考えた。


 実際のところ、体感したモナドロジーはそんな妄想を抱いてしまうほど凄まじいエネルギーだったのだ。僕の中に眠る野獣を覚醒させたような、ブラックボックスをこじ開けてしまうような、そんな破滅的とも言える動力を一体化中の僕は持っていた。


 キョゼの体はその〝極限の活力〟に満ちているのだ。食事は必要ない、という彼の言い分にも納得できる。


 けれどまあ、僕は人間だ。しっかりと食事を摂らねば死んでしまう。かといって料理をする気力はなかったから、寮から持ってきたどん兵衛(22世紀でも健在だよ)で夕食を済ますことにした。


 出汁で染まった麺をすすりながら回顧する。キョゼと出会った日のことを。レセプターとなって、初めて敵と戦った時のことを。


『――俺は〝あるお方〟にモナドを献上するため、仲間とともに東京中を探し回った。そして、本日2112年9月3日! 俺たちは多摩川河川敷にてモナドを発見した!』


 僕とキョゼを誘拐したあの大男――名前は大津と言うらしい――は、あの時そんなことを言っていた。その時は知る由もなかったけれど、後になって僕はこう思った。あの大男は、なぜモナドのことを知っていたのだろうか、と。


 ミーティングが終わってすぐ、僕は百川さんにその疑問をぶつけた。


〝あるお方〟というのは百川さんの見立てによると、『笠羽一派』の首領、笠羽キョウジである可能性が高いらしい。夏廻さんが説明してくれた通り、笠羽にはシャーデンフロイデにウエポンを供与した疑いがある。大津自身はキョゼを誘拐したことに関して黙秘を続けているそうだが、日本警察が保有する特定人物追跡ネットワーク、通称〝チマナコ〟の解析により、大津は笠羽一派のアジトを頻繁に出入りしていることが確認された。そのほかの強力な団体との繋がりが確認されなかったことから、モナドという国家機密の漏洩はシャーデンフロイデと関係のある笠羽一派が原因だと推測できる。


『モナドを献上、ね。報酬は金目のものだろうけど、いったい何のために笠羽はモナドを集めるのかな? そのことをシャーデンフロイデ側は知ってるのかな? いずれにせよ、モナドの秘密が外部に漏れるのはよくない。一係にはもうすこし頑張ってほしいけど、場合によっちゃ私たちが介入することになるかもね』


 百川さんは半ば独語のようにそう言った。


 今の話に出て来た一係。正式名称を『公安部特殊対策課第一係』。彼ら彼女らがどういう集団なのか。画面の向こうの皆さんに説明してあげたいのは山々だけれど、悲しいかな、僕は疲れている。今はそんな気力がないのだ。現段階における一係は、「そういう組織がある」・「現在、笠羽一派の捜査をしている」という簡素な認識でかまわない。覚えたてのものをこうやって独白するのも一苦労なのだ。このくらいは大目に見てほしい。


「なあショウ、それなんて食べ物なんだ?」


 キョゼが座卓に乗り上がる。


「これはうどん。小麦粉を水でこねて切って、伸ばした食べ物。小麦粉はパンにもなるんだよ」


「サンドイッチの外側と同じモンでできてんのか。ほー、人間ってすごいな。なんでもかんでも工夫して、なんでもかんでも発明しやがる。おれみたいなちんけな生物には到底できないや」


 ちんけなもんか。僕はすぐさま一蹴した。


「そもそもの話、しょうもない生物ってあんまりいないと思うよ。蚊とかハエは鬱陶しく感じるけど、まあアイツらはアイツらなりに子孫を残すために頑張っている。命という事象がこの世にある時点で、それはもう凄いことだと僕は思うんだ。だからキョゼ、自分のことをそんなに卑下しないで。ひとつの生き物としてもっと自信を持っていいんだよ」


「いい、のかな」


「え?」


「だっておれ、人を傷つけるために生まれてきたんだぜ。命を奪う兵器として、戦争のために生み出された。そんな生物が生きる自信を持つ資格があるのかな」


 箸が止まる。僕が返事を挟む間もなく、キョゼは言葉を連ねる。


「ショウは優しいから、きっと肯定してくれると思う。でもな、おれはそれを否定したくなるんだ。結局のところおれは兵器で、他者を『拒絶』することでしか存在意義を維持できない」


「そんなことはない。絶対ない。その『拒絶』は僕に力を貸してくれた。『拒絶』は『壁』になって現れて、僕の身を守ってくれた。君の『拒絶』は人を守ることにもつながるんだ。この先つらい戦いが待っているかもしれない。想像を絶する悪と対面するかもしれない。それでも君がいる限り、人を守る『壁』はある。悪を排除する『壁』はある。だからキョゼ、そんな悲しいこと言わないで。もっと自信を持っていいはずだよ」


 そうかなぁ、とキョゼの表情が歪む。僕があまりにも真剣な回答をしたものだから困ってしまったのかもしれない。キョゼがデレデレしている間に、僕は汁を吸った麺を勢いよく口にかき込んだ。


「人を守る『壁』、か。フフフ、いいな、それ。おれ気に入ったぞ」


「それは何より」


「でも守るばっかりじゃ戦いにくくないか? 敵を攻撃するときはどうするんだ? 馬鹿正直に殴るのか?」


「うーん…………。『壁』を、ぶん投げる……」


 なんじゃそりゃ、とキョゼ。そして僕らは笑い合った。急にコメディじみた会話になったから、二人ともおかしくてたまらなかったのだ。


 その日は風呂に入ったあとすぐにベッドに入った。キョゼは新品のソファが気に入ったらしく、くるまった毛布の上ですうすうと鼻息を吐きながら眠っている。


 モナドも寝るんだなぁ、なんて平和なことを考えていると、僕の意識もだんだんとへ眠り(ヒュプノス)と誘われた。


 ああ、いそがしい一日だったな。


 自分でも聞き取れないくらい小さな声で呟いたのを最後に、僕の9月7日は幕を閉じた。



◇◇◇◇◇



 翌日から僕らは本格的に捜査に参加した。それと同時に一体化状態での戦闘に慣れるため、警察側から提供されたロボットを使った実践訓練も行われた。


 パトロールに出て、ロボットと戦って、パトロールに出て、ロボットをぶっ飛ばして……。そういった忙しない日々が一週間と四日続いた。


 さすがの警察も鬼ではないようで、連勤で疲れ果てた僕に権力は一日の休暇を許してくれた。


 漫画を読もうか? 本を読もうか? キョゼと一緒にいないといけないから外出するのは難しい。プライムフリックスで映画でも見るか? ――前日の夜から僕はそんな計画を練っていた。


 けれど、僕に休日が訪れることはなかった。アラーム代わりに鳴り響いたのは電話のコール音だったのだ。おそるおそる手に取り、発信者の名前を認確認する。それと同時に僕は受話器のマークをタップする。


「はい、島崎です」


「あ、もしもし、百川だけど」


「はい、えっと、どうかしましたか?」


 落ち着いて聞いてね、と百川さんは前置くと、


「君の学校で事件が起こった。1年B組、君のクラス。教室が燃え、八人が死亡。火を点けたとされるのは、君のクラスメイト、篠田カナ」


 ――瞬間的に思いだしたのは、その日の日直だった篠田カナが号令をかける光景で……。


 ――起立、気を付け、礼。彼女はきちんと、その役割を全うしていて……。 


 ――あれはそう、キョゼと出会った9月3日の出来事……。


「目撃した生徒の証言によると、放火の直前、不審な男が教室に侵入し、篠田は所持していた拳銃で担任の菊池を銃撃。その後、()()()()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()教室に火を点けた」


「まさか、それは……」


 カチカチ、カチチ、カチチチチ。


 歯車が動き出す。残酷という名の歯車が。絶望という名の歯車が。


 百川さんは一息に言う。「うん。篠田はその場でなってしまったと思われる」


 モナドの、レセプターに。





 運命という流動的な二本の線が、今この場でさらなる螺旋を描いている。捻じれ、重なり、時にきつく結び合いながら、その強度に不変の価値を与えている。


 線に終わりはあるのだろうか。それとも外的要因が邪魔をして、その神秘性を無下にしてしまうのだろうか。線を途中でちょん切ってしまうのだろうか。


 僕は分からなかった。ただただ、分からなかった。――分からなかった。


 どうして、彼女が?


 螺旋は僕をさらなる混沌へと(いざな)う。そしてその永劫とも有限ともいえる泥沼に、僕は飛び込まざるを得なかった。飛び込むことが、キョゼと契りを結んだ、僕――島崎ショウの使命だったのだ。




◆◆◆◆◆◆◆




序章「形而上ビギニング」 ――完――

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