第十二話 ミーティング(後編)
「のこりの二体ですが、実は襲撃事件の際、死亡したのが確認されています」
草彅はキョゼをチラっと見た。まんまるの目玉はそのまま。口がちょっと開いたくらいで、動揺している様子はない。どちらかと言えば、すでにそのことを知っているショウのほうが感情を顔に出している。しかしそれが憤りの表情なのか、憐れみの表情なのかは判別できなかった。
「これは皆さんにとって周知の事実だと思いますが、モナドの体内には特殊な原子エネルギーが蓄えられています。通称を〝モナドロジー〟。このモナドロジーが島崎君のようなレセプターの体内に作用することで、レセプターは爆発的な機動力を得られます。
しかしながらモナドロジーは原子エネルギーであることに変わりはありません。無害のまま作用するのはあくまで一体化したレセプターの体内のみであり、外界に漏れればたちまち有害物質と化します」
佐々城はいったん言葉を切った。ここから先はあまり口にしたくないのだろう。
かいつまんで説明するのならば、絶命した『獣性』と『宿怨』の二体からは大量のモナドロジーが放出された。核分裂こそ起こらなかったものの、施設は放射能という猛毒に侵され、現在も立ち入りが制限されている。ちなみにモナドの死亡は防犯カメラの映像から確認された。離れた場所からライフル銃のような武器でカプセルごと狙撃されたらしい。この事件で被曝した人間は、今のところ報告されていない。
まあ、どちらにしろ心地のよい話ではないことは確かだ。草彅の目の前に座る大熊が、ふんと大きな鼻息を出す。草彅も真似して鼻息を出し、遺憾の意を表出させた。
佐々城は話を再開する。
「施設への立ち入り調査も難航しており、シャーデンフロイデに繋がる物証は得られていません。略奪したモナド、逃がしたモナド、殺害したモナド。これらの共通点もいまだ分かっていません。そのあたりのことをキョゼくんに伺いたいのですが……」
「うーん。全然わかんないな。そもそもおれが知ってるのは、ほかに九体のモナドがいるってことだけで、そいつらに繋がる情報は持ってない。なにせカプセルの中で生活してたからな。おれのほうが聞きたいくらいだ」
キョゼは自慢げに言ってのける。その白い球体の頭に右手が乗っかった。ショウの手だ。なにを思ったのか、ショウはキョゼの頭(?)を撫でまわしはじめた。キョゼが目を細める。ふーん。出会ってから日も浅いのに、そこまで信頼関係を結べてるんだ。なんか羨ましい。
ちょっと複雑な気持ちになりつつも、草彅は視線をホワイトボードに戻す。今までの話のあらましが艶のある文字で丁寧にまとめられていた。
「はい、そういうわけで後手後手の対応が続いています。これが五ヶ月前に起きた軍事施設襲撃事件の概要と、それが引き起こした余波です。言い訳のように聞こえるかもしれませんが、すべての情報が圧倒的に不足している。さらにモナドが解き放たれているこの事態は、下手をすれば日本の崩壊に直結します。『情報の収集』と『事態の収拾』。この二つを並行して行わなければならない。そういった厳しい状況に我々二係は立たされています」
ご理解いただけましたか、島崎君。ショウは深刻そうな表情で頷いた。
「と言っても、五ヶ月間指をくわえていたわけじゃないけどね」
ずっと口をチャックしていた夏廻に二係全員の注目が集まる。夏廻はデスクの上で組んでいた両手を解いて広げ、おどけてみせた。
「〝公安調査庁の彼〟の協力もあって……、これでいいでしょう、モモさん。シャーデンフロイデにウエポンを供与した集団が明らかになった。裏社会の敏腕ブローカー、笠羽キョウジ。彼を主犯とした十数名の関与が疑われている」
「ええ。『笠羽一派』、と我々は呼んでいますが、そちらは現在一係の皆さんが追ってくれています。ウエポン関連の事件は彼らの領分なので……、と、また話が逸れましたね。ああ、夏廻君を責めたわけではないのです。すみません」
謝られても困りますよ、係長。夏廻に言われてなお、佐々城はすみません、と再度謝った。
「では質問・補足がなければこれでお開きにしますが」
だれもなにも言わない。佐々城はこれからの行動を捜査員たちに指示すると、ではお疲れさまでした、と言ってせかせかと部屋から退出した。どうやら大事な会議に出席しなければならないそうだ。
ショウには百川が付き、もろもろの指導が行われる。大熊は公安調査庁に赴き、百川が例える〝あの鳥〟と意見交換をするらしい。草彅と夏廻にはいつものように外回りが指示された。
「いこうか、ナギちゃん」
「へーい。それじゃいってきまーす」
あまり効果的な捜査ではないのは分かっている。だがしかし、有益な情報がない以上、こういった地道な方法を採るしかないのだ。ネズミがうようよいる裏路地や、雑草が生い茂った広場などをくまなく探す。そういった『地道』がモノを言うときもある。少なくとも草彅は大熊からそう教わった。だから、やらねば……。
(あー、でもな……)
「やっぱりメンドイ!」
「狭い車内で急に叫ばないでよ。耳がおかしくなっちゃうよ」
「ふん。メンドイのはメンドイのだ」
そんな草彅に構うことなく、覆面パトカーは駐車場を出発する。今回の捜索ポイントは江東区の一角なので到着するまで少々時間を要するそうだ。
沈黙が苦手な草彅は夏廻に話しかける。「ねえ、先輩ってなんで警察官になったの」
「え、急になに。まあ、教えてあげるけどさ」
ヒーローになりたかったんだ。恥ずかしがる様子もなく、夏廻はあっさりとそう言った。
「悪を成敗する正義のヒーローになりたかった。でも大人になってからは、なにが悪でなにが正義か、分かんなくなっちゃったな。そういうナギちゃんは? どうして警察官になったの」
「うーん。語る気分じゃない」
なんじゃそりゃ、と夏廻がツッコむ。草彅は目を瞑り、頭の後ろで手を組んで会話の終了をアピールした。
(振った話が悪かったな。興味を持つに決まってるじゃないか)
草彅は回顧する。家に押し入った強盗。殺害された両親。そしてやさしく抱きしめてくれた大熊刑事……。
あんなに暗い過去を、いま明かすわけにはいかない。時が満ちたら、だ。
(さてさて、いつになることやら)
とにかく今は、目の前の現実を注視しなければ。モナド、シャーデンフロイデ、笠羽一派……。そういったどす黒い脅威を一刻も早く排せねば。救えるものも救えなくなってしまう。
だがしかし、草彅は知らなかった。
九年前に起きた両親の事件が、時を経て新たな災いを引き起こすことを。
そして今の彼女を取り巻く環境にそれを暗示した奇妙な偶然があることを。
知る由も知る術もなく、彼女はただ、揺れる車に身を任せていた。
次回の更新まで、ショウショウ、お待ちください……




