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ティラノサウルス、語る

作者: 雉白書屋

 とある夜のことです。少年はベッドに入ったものの、まったく眠れませんでした。羊を数えてもダメ。自分がヒーローになった妄想をしてもダメ。どうしても眠れません。しばらく経ち、ようやく、うとうとしかけたと思ったら、家の前の道路を通った車のヘッドライトの光がカーテンの隙間から入り、部屋の影が動き、少年はビクッとし、ますます寝付けなくなってしまいました。

 だから、仕方なく少年はまた羊を数えてみることにしました。

 羊が一匹。羊が二匹。羊が……と、羊を二十匹近く数えたときのことでした。カーテンの向こうにヌッと黒い影が現れたのです。

 少年は息を呑んで窓の方を見つめました。

 ――もしかして、羊を数えていたから狼が来ちゃった……?

 少年は今度はゴクリと唾を飲みました。そして、ベットから出て、おそるおそる窓に近づきました。

 ……怖いけど、窓が閉まっているから大丈夫。入ってこられないはず。でも、もしかしたら鍵が閉まっていないかも。だったら向こうに気づかれないうちに鍵をかけなきゃ。そう考えたのです。

 少年はそっとカーテンの隙間から外を覗きました。すると驚き、こう言いました。


「きょ、恐竜、ティラノサウルスだ!」


 窓の外にはなんと恐竜が、それも、あのティラノサウルスがいたのです。

 しかし、よく見るとその姿はどこか虚ろで、半透明だったのです。だから、少年はこう言いました。


「ゆ、幽霊……?」


『そうだよ』


「えっ、喋るの?」


『うん。霊体だからかな。こうやって念じることで、君の脳に直接話しかけられるんだよ』


「脳に直接……そうなんですね……」


『ん? 何? もっと喜ぶところだと思うけど。あ、もしかして嬉しすぎて漏らしちゃった?』


「いや、ちょっとイメージと違いすぎてびっくりしちゃって……。こう、カッコいい雄叫びを上げるようなイメージがあって、まさか喋るとは思わなくて……」


『ああ、映画のやつか。はいはい』


「はい……それで、なんでぼくのところに来たんですか? 何か用ですか?」


『んー、まあ伝えたいことはあるんだけど、君に用っていうか、波長が合ったっていうのかな。ほとんどの人は私のことが見えないんだよ。それで、誰か見える人いないかなぁって歩いてたら、羊を数える声が聞こえてきて、もしかしたらと思ってね』


「あ、そうだったんですね。それで、伝えたいことというのは何ですか?」


『うん、それでさ……なんか最近、私って好き勝手に言われてない?』


「え、好き勝手? ぼくにですか?」


『違う違う。世間というかさ、最新の研究でこんなことがわかった! ティラノサウルスは実はこうだった! とかあるじゃない?』


「ああ、ありますよね。羽毛が――」


『そう、それ! 全身羽毛だらけで猿みたいだの、実は足が遅いし走れないだの、唇があるだのメタボだの腕と同じでペニスが小さいだの』


「ペニ……は聞いたことないですけど、それにしても最新の研究結果とか、そういう情報に詳しいですね。恐竜なのに……」


『自分のことだからね、耳も鋭くなるよ』


「そういうものなのかなぁ……そもそも人間の言葉とか、わからないんじゃ」


『まあ、長く生きてると暇だし、時間も十分にあったから人の言葉くらい覚えられるよ。あ、長く死んでるか! はははは!』


「ははは……あの、それで、ぼくに何かしてほしいんですか? 事実を広めるとか?」


『好き勝手言ってる連中を全員殺してきてほしい』


「こわっ。急に肉食恐竜らしい感じを出さないでくださいよ……。というか、そんなことできませんよ!」


『これ以上、研究させないでほしい。今なんてもう大喜利大会じゃないか。ネタキャラじゃないんだよ、私は。カッコよかったんだから』


「でも、ぼく子供だし、殺すとかはちょっと……」


『子供の人気者からの頼みだというのに?』


「自分で言わない方が……。あと、最近はスピノサウルスもすごく人気で」


『は?』


「ティラノサウルスより大きくて強いとか」


『子供が斜に構えやがって……』


「いや、普通に好きみたいですよ。背びれもあるし」


『あいつは臭いよ。背びれが特に臭いんだ』


「恐竜なんだし、みんな同じ匂いしそうですけど……。それに勝手なイメージを植え付けない方がいいですよ。今、自分がやられてることでしょ? 自分が嫌がることを人にやっちゃ――」


『ホウアアアアノオオオオオオンン!』


「うわっ、びっくりした。急にどうしたんですか」


『ストレス』


「え、ストレスを感じると鳴くの!? 戦いの前とか勝利の後じゃなくて!?」


『はぁ……これはどう考えてもおかしいよね。私の評判を落とそうと、この件には政府が関与しているんだよね』


「ティラノサウルスが政府とか言い出した……」


『ウイルスにワクチンに5Gに腕にチップに地球温暖化に昆虫食。この世に数ある陰謀論は、そのすべてがでっち上げじゃなくて、本物を隠すための隠れ蓑なんだよね』


「違いますってば。陰謀論とか言うのやめたほうがいいですよ」


『気づけよ人間。終末の日は近いぞ』


「もうわかりましたから。それにしても、はぁ、イメージが崩れちゃったな。ちょっとカッコいいって思っていたのに」


『なんでだよ。ずっとカッコいいでしょうが』


「わかるでしょうが。喋りすぎなんですよ。せめて寡黙なタイプでいてほしかったです」


『スゥー……』


「鳴く前に息を溜めないでくださいよ。ねえ、もう帰ってください。眠くなってきたし……」


『わかったよ』


「ふぅー、まあ、会えて嬉しかったです。それじゃ」


『他の人には内緒にしてね』


「はい? 何をですか?」


『私と話したことを。なんかいろいろと余計なことも喋っちゃったしさ。寡黙なタイプの方が人気が出るんでしょ?』


「え? ああ、評判とか気にしてるんですか。まあ、話しませんよ」


『ありがとう。君は優しいな』


「いや、頭がおかしいって思われるのが嫌だからですけど。変なティラノサウルスの幽霊に会っただなんて言って」


『ホウアアアアアアアアアオオオオオオン!』


「うるさいんですよ。ナイーブだなぁ。ちょっと変な声だし……」


『ホアアアアア! ホアアアアア! ホアアアアアアアア!』


「わかった、わかりましたってば! 変な声とか言ってごめんなさい」


『ありがとう。じゃあ、もう行くね』


「はい」


『学校のみんなに言うんだよ。ティラノサウルスはカッコイイ。ティラノサウルス最強。ティラノサウルスと結婚したい』


「急にそんなこと言い出したら変なやつに思われるでしょ。ただでさえ、みんなはぼくの話を聞いてくれないのに」


『スピノサウルスに背びれはない。ティラノサウルの方が強い……ん、今なんて? 話を聞いてくれない?』


「そうですよ。学校のみんな、ぼくを嘘つき扱いして真実を見ようとしないんです。真実を知った重圧ってやつに耐えられないんでしょうね。だから無意識に頭に入れる情報を選んでいるんですよ。いや、選ばされているんですね。さっきティラノさんはこの世に数ある陰謀論は、と仰っていましたけど、あのね、陰謀論なんてものは存在しないんですよ。そう呼ばれているものはすべて事実なんです。あのウイルスを流行らせたのは闇の政府だし、ワクチン接種は国民を監視および思考を操作するためのナノマシンを体内に植え付けるためのものですし、5Gはそのナノマシンに迅速に指示を出すためのものですし、アポロは月に行っていないし、その月の裏側には宇宙人の基地があり、彼ら宇宙人に地球はすでに侵略されているんですよね。この世界はその宇宙人と地球人のハーフたちに支配されていて、戦争は彼らが財を築き、人口をコントロールするために行っていることなんですよ。地球温暖化も彼らの活動しやすい環境に変えるための装置を起動しているからであり、人工地震発生装置もすでに世界中に配備されているんですよ。昆虫食は人間の体を効率よく変異させるための実験なんですよね。みんな、科学的根拠がないとか言いますけど、そもそも科学では説明がつかないことの方が多いんですよね。まだ認められていないだけで、後から科学的に立証されると思いますよ。まあ、でもそれを不都合と考える人たちが妨害しているんですけどね。あと、そもそも話になっちゃうんですけど、恐竜なんてものは存在しなかったんですよ。化石はね、全部捏造でただの作り物なんです。だって聖書にはこれという記述がないんですから。まあ、拡大解釈もできますけどね。でもぼくは今夜、恐竜は存在しなかったと確信を持ちましたよ。だってほら、消えた。あはは、やっぱりあのティラノサウルスは闇の政府の電磁波攻撃だったんだなぁ。明日、ママとパパに話そう。頭に埋め込んだばかりのチップがもう役に立ったんだよって。ああ、なんか、頭が痛いなぁ……アルミホイルを巻き直そうっと。それからママとパパの言ったとおり、窓にもアルミホイルを貼らなきゃなぁ……また電磁波攻撃されるかもしれないし……でも、眠いや。明日にしよ……おやすみなさい……」

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