(24)神のご加護を!
暗闇のなかで阿鼻叫喚の声が聞こえた。
子どもたちの泣き叫ぶ声、誰かが転倒する音、逃げ惑う者たちの足音、堕落した裸の男たちが罵声をあげる。
「おい! こんなことして、タダではすまんぞ!」
「何をする! オレを誰だと思ってる!」
「なんだ! 貴様らは、何者だ!」
リンダはロープに吊るされたまま、それらの声や音を聞いた。
誰かがリンダにぶつかり、縛られたリンダの体が右に左に大きく揺れた。
そのたびに、ロープがリンダの肌に食い込むようだった。痛みに耐えるために、身をよじった。
しばらくして、あたりが明るくなった。
リンダはまぶしくて目を細めた。
まばたきを何度もした。
暗視ゴーグルを目から外して額部分にずらした兵士がリンダの元へやってきた。
迷彩服を着た特殊部隊の隊長だった。
「おい、すぐに彼女を解放しろ」
隊長は部下にリンダのロープをほどくように指示した。
「ブランケットをもってこい」
隊長は矢継ぎ早に指示を出す。
隊長はリンダが裸であることに氣づき、自分の上着を脱いで、リンダの肩にかけた。
「ありがとうございます」
リンダは涙声で言った。
助かったという、安堵感が広がると同時に涙があふれてきた。
隊長は、衛星通信の着信に氣づき、耳につけた骨伝導式イヤフォンに意識を向けた。
通話を開始し誰かと話していた。
隊長のかしこまった姿勢や丁寧な言葉づかいから、相手はかなり上層部の人物のようだとリンダは思った。
隊長は、背中のリュックから携帯端末を取り出してリンダに差し出した。
「大統領からです」
と隊長は言った。
「え? ジョー・バイデンからですか?」
とリンダは身構えて聞き返してしまった。
隊長は、ニヤリと笑って肩をすぼめ、
「まさか」
と言った。
「え? どなたですか?」
といぶかしがるリンダに、隊長は、黙って、『どうぞ』とでもいうように、携帯端末を渡した。
リンダは携帯端末を耳にあてた。
耳に飛び込んできた人物の声は、いつも、ネットやテレビで聞いているものだった。
「リンダ! 君は勇敢な女性だ。お手柄だ。よく、がんばった。アメリカの誇りだよ。君は証人保護プログラムにより、世界最強の我が軍が責任をもって守る。安心してくれ」
ドナルド・ジョン・トランプだった。
「ありがとうございます。心から、感謝いたします」
あとは言葉にならなかった。
これほど、頼もしく、これほど嬉しい声を、リンダは聞いたことがない。
神さまの声を聞いたような感覚を持ち、リンダは声を出して泣いた。
「神のご加護を」
とトランプが言った。
後ろ手に手錠をかけられた肥満体の男たちが連行されていた。
そのなかに、あのイケすかない上官の姿を見つけた。
リンダは親指を立てて、それを下に向けた。
「くたばりやがれ!
神さまに選ばれたのがどっちかわかったか!」
リンダは上官に向かって叫んだ。
そばにいた特殊部隊の隊長が大きな声で笑った。
多くの子どもたちが、兵士たちに抱きかかえられて外へ出ていった。
泣いている子ども、兵士の首に抱きつく子ども、担架で運ばれる子ども、多くの子どもたちと一緒に、リンダも地上に出た。
ドライブインの周辺には軍用トラックや医療用車両などが集まっていた。
そこでは、多くの人々がせわしなく動いていた。
マスコミの姿はなかった。秘密裏に行われた軍事作戦なのだろう。
リンダは大きく胸を張って深呼吸した。爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで吐いた。
兵士たちの声や無線の音、車のエンジンなどが聞こえた。すれらすべてが心地よく感じられた。
薄く広がった朝焼け雲を見上げた。
砂漠の遥か向こうの岩山が赤く染まっていた。
(了)