(15)世界支配の首領の座
南ヨーロッパ某所、フランス・ロスチャイルド家が所有する豪邸の地下に、300人ほどが収容できる大広間があった。
うす暗くてヒンヤリとした空間に男の悲鳴が響いていた。高い天井や大理石の床に、静寂を切り裂くような悲鳴が反響する。
「ひぇぇぇ、助けてくれ! オレが、悪かった。お願いだ」
腹や首などに脂肪が醜く垂れ下がっている男は裸で手かせ足かせがはめられていて、祭壇の上で大の字になって身悶えしていた。男は60代前後だ。
ハゲ頭がロウソクの炎に照らされて光っていた。冷や汗のようなものが、ハゲ頭にタラりと流れ落ちた。
黒装束を身につけたナサニエル・ロスチャイルド(ナット)が震える声で言った。
「お姉さん、ボクには、無理だよ」
「なに言ってるの! あなたが我が家(ロンドン・ロスチャイルド家)の当主なのよ。それが、どういう意味かわかってるの?」
ハンナ・メアリー・ロスチャイルド(ハナ)は、弟を励ますように言った。ハナも黒装束だった。
これからはじまる儀式のための衣装だった。
「あの男は、どうなるの?」
ナットがおびえたような声で言う。
「もっと、堂々としてちょうだい! 今日は、あなたの初舞台なのよ。大事な日なの。お父さまが亡くなって、首領の座は、自動的にあなたが座ることになるけど、納得していない連中もいるの。その連中の前で、オドオドした態度をしていると足元をすくわれるわよ」
ハナは、そう言ってナットの尻を叩いた。
「でも」
ナットは困った顔をして下を向いた。
頼りないナットの姿を見てハナは不安になる。
どうすればいいんだろう?
いままでは、宇宙人悪魔が後ろだてとなっていたから、世界支配体制の首領の座に我が家が立っていたが、それがなくなったのだ。
これからどうなっていくのか?
これからは、悪魔の力を借りることはできないのだ。
悪魔崇拝儀式で、これまでのように悪魔は出現しない。
悪魔が地球から去ったことを知っているのは、私とナットだけだ。
他の連中にそれを氣づかれないようにしなければならないとハナは思った。
「いいこと? 首領はあなたなのよ! 毅然とした態度で、きっぱりと言うのよ」
ハナはナットの両肩をつかんで言った。
「なんて、言えばいいの?」
「あの男の処理よ」ハナは祭壇の上につながれている醜い男をアゴで指した。
「処理?」
「私の言うとおりに、ちょっと言ってみて」
「はい」
「この男は、我々を裏切った。鉄の掟は守らなければならない。刑を執行する」
「え? 刑の執行って?」
「なにをビビってるのよ! しっかりしないさい」
「でも、そんなこと言えないよ」
ナットが泣きそうな顔をしているとき、会場の扉が開き、黒装束の参加者が続々と中に入ってきた。