死にたかった僕と。
「親愛なる死神様、偉大なる死神様。どうか僕を連れて行ってください。」
幼いながらに、どうして生きている価値のない自分ではなく、他の生きているべき誰かばっかりが死んでいくのだろうと考えていた僕は、冬のとある日になると両親のいない深夜に自分で考えた儀式をしていた。と言ってもそんなに手の凝った儀式ではないが。
窓を全開にした深夜の小さなリビング。襖1枚で仕切られた自室に隠し持っている蝋燭を一本持ち出し、火をつけ、願い、消す。年に1回。僕は決まってこの儀式をした。誰もいない、静かな氷の様なリビングで。
10の時から初めて、早5年。今年も儀式の日が来た。この5回のうちにだいぶ僕の肉体は大きくなり、そういう考えがより入れやすくなってしまった。
「親愛なる死神様。…偉大…偉大なる死神様。どうか僕を連れて行ってください。」
そろそろこのダサい文言を変えた方がいいなと思いながら、いつものように儀式をする。
蝋燭を吹き消そうと、短く息を吸い込んだその時。ベランダで植木鉢が倒れ、割れた音がした。風が強く吹いて、蝋燭の炎が消える。あまりに強く冷たい風に、呼吸が一瞬出来なくなった。
「ねぇ君さぁ、毎年毎年それやってるけど、そんなに?そんなに私ら求めてるの?」
知らない声がした。ベランダの大きな窓を見ると、その前に黒く長い服装の知らない人が立っていた。
「なんか毎年この日にやってるから、今日もやってるのかなと思って見に来たけど」
びっくりして固まっていると、呆れたようにその人は言った。
「まぁとにかく、君にはまだしばらく来ないから。時期が来れば迎えに来るって約束するよ、じゃあ。」
そう言ってその人はベランダから飛び降りていった。追いかける暇もなかった。
それ以来、その姿を見ていない。
…思い出してしまったなぁ。初めてあの人に会った時の話を。時期っていつなのかわからなくて、僕は待ちくたびれてしまって。僕があの人を迎えに行こうと決めて、20何回目かの儀式の日を最期にするという覚悟を決めている所である。椅子の上に乗り、首に軽くかけた縄を握りしめてカウントダウンをする。
儀式の日、1分前……。よくわからない緊張感がある。30秒前…。鼓動が早い。10秒前…5,4,3,2,1。0になった瞬間、椅子を蹴った。目の前が暗くなり、身体全体に一瞬の痛みが走る。あぁ、ようやくだとそう思った。
「…ねぇ…ねぇ!」
僕の肩を誰かが叩いた。聞き覚えのある、それでいて懐かしい声と黒いドレス。目を開けると、あの人が目の前にいた。「会いたかった。」
それを遮ってあの人は言った。
「どうして。どうしてここにいるの。」
なかなか来ないから、迎えにきたことを僕は説明した。するとあの人は、焦ったように言った。
「絶対に、すぐに迎えに行くから。待ってて。戻って…。…頼むから…。」
背中をト、と押された。振り返った時にはあの人はいなかった。自室の匂いがした。目を開けると、床に倒れた椅子と切れたロープがあった。なるほど、僕は追い返されたのだ。あの世界から、元の世界へ。
…『すぐに』…。あの子の言う『すぐ』は、僕の『どれくらい』なのだろうか。いつ、あの子は迎えに来てくれるんだろうか。聞けずじまいだった。
本当はあの後すぐ、もう一度あの子の元へ行こうと思った。だけど、また追い返されるに決まっていると思ったから行かなかった。どうしようもない。深まった冬の匂いがした。
あれから何年か過ぎた。僕はようやく、自分自身に無かった光を見出したところだった。なのに。どうして。
「今かよ…」
今日までにできたキラキラした走馬灯の終わる間際、君の姿が重なった。眩しい。
「ごめんね」
…君はなんて意地悪なんだ。僕が来てほしかった時には来なかったくせに、あぁ、人生って、僕の人生って、そんなに悪いもんじゃないなぁと思い始めた時に来るなんて。
「ごめんね」
今更、来ないでほしかった。でも。
「お待たせ。」
……あぁ、やっとか。
「迎えに来たよ」
「…遅いよ」
僕らの約束は、ようやく果たされた。