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デイブレイクサーガ  作者: 鬼容章
第1章 ふつうの終わり 崩れる東京
9/72

第3話-2 京浜大震災後、玉川へ

 軍議レベルの大事な話は、些細な会話からでも起こりうる。それが、後に生死を分ける話になることもある。

 ユウナの話を聞くため、乾パンの缶にある蓋を開ける手が止まっていた。

 食べながらでいいよ、とユウナは話を続けた。

 よく訓練された俺たちは、食事を始める。


 ユウナは俺の本心をつくけど、俺の質問返しもユウナにとって厳しいところをついていると思う。

 俺の妹の良さは、自己受容が出来た上、自己肯定感が高い。他人に優しくないと言われるけど、他人の戯言では自分の軸がぶれない。


「過去や他人は変わらない。残念だけど、家族であっても自分以外は他人だし、今が1秒でも過ぎれば過去になる。じゃあ、逆の視点にしよう。自分自身が未来に向かって歩くことは出来る。つまり、自分や未来はいくらでも変えようがある」

「真理だけど、冷め過ぎじゃないか?」

「うーん、そうかな。ちょっと厳しい言い方するよ。お兄ちゃんは、過去を見過ぎている。昨日、叔父さんを怒った私は、もう変えられない。でも、昨日の私はその場ですぐ許すって言ったし、今日の私もそれで良かったよ、と思っている」

「それはどういう視点なんだい?」

「視点は今の私から動いていないよ。今、あの一瞬を受け入れただけ」


 過去や他人は、今さら変わらない。今から、自分や未来を変えられる。

 変えられるものを選べば行動できると、さっきの俺たちは選んでいた。


 横に視線を移すと、キールは上の空で乾パンをただ食べている。

 彼の食事は、ボケーっとする空想の時間らしい。オンオフがしっかり出来るのは彼の良さだ。

 そうなら、2人に比べて、俺の良さってなんだろう。いつも気持ちが揺れる俺の良さってあるのかな。

 1人分の乾パンを食べ尽くしても、俺の中で答えは出なかった。


 この地下鉄の構内にお別れだ。立ち上がって、おのおの準備をする。

 金髪の青年キールは、装備を手早くして軍人モードになる。妹のユウナは、こんなときでも丁寧に黒髪ツインテールを結い直している。

 やることがなかった俺は、食べ終えた空き缶やゴミを集めて、すみっこにまとめておいた。

 いつになるか分からないけど、都市復興が始まるときまで、このゴミは放置だろう。

 それでも、散らかったゴミの始末をしたのは、ただ気分で俺がやりやかっただけだ。

 さて、本日の移動が始まる。


『同期開始』。

 ボソッと一言だ。

 ユウナの灰色の瞳は、赤く光る。じーっと、地下鉄の現在位置から先の地点を見ている。

 結論、俺たち3人は、地下道を歩くことを諦めて、地上の道から川崎方面を目指すことにした。

 ユウナが、その理由を話す。


「玉川までは、ここから地下道で行けない。崩落している場所がある」

「へぇ、便利な覚醒能力。それ、何って言うんだっけ」

「この能力に名前なんて付けていないけど、『絶対空間認識能力』とでも言おうかな」


 空元気にキールは尋ねてくれた。

 とりあえず、他人の話に合いの手を入れるのが、彼の性格らしい。

 マイナス気分でも、彼のお喋りの口は動く。


 ユウナの覚醒能力は、物理現象でいうベクトルという矢印で空間を見ているようだ。

 ベクトルの矢印が小さかったり、もしくは方向がずれていたり。

 その些細な変化を読み、障害物や生物がいると分かるらしい。

 彼女はうれしそうに話し続ける。


「生物の場合は、相手の行動予期も出来るかな。クリーチャーくらいの鈍さだと、もう相手の動きは完全に把握できる。もう少し鍛錬すれば、人間でも行動予測が可能かもね」

「地図より正確に空間を把握し、生き物の行動予測まで出来る。ゲームなら、チートキャラだろ」

「覚醒能力の、当たりですぅー。ズルはしていませんー。あ、お兄ちゃん、そこ段差だよ」


 話しながら、2人は地上へ向かう階段を上っている。

 悶々としながら、俺は2人の後を歩いていた。

 そして、俺は階段を踏み外す。ユウナの注意はごもっともだ。

 だけど、それくらいは普通の人でもわかる。考え事で不注意だ。

 おかげ様で俺の目は覚めた。キールのお喋りがしつこい。


「イツキ、寝ぼけているのか。もう穴に落ちても助けねぇから、気を付けて行こうぜ」

「うるせぇ、もう落ちねぇよ。ユウナ、道案内を頼む」

「私が言うことじゃないけど、2人とも仲良くね。じゃあ、行こう」


 陰鬱な朝。

 地下鉄入口に立つ。川崎方面へ向かいユウナを先頭に、俺たちは歩き出す。

 今日も灰色の空には、太陽は昇らない。見渡す限り、静かすぎる世界が続いていた。


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