第2話-3 京浜大震災後、駒沢の地下鉄
では誰が、何のために、どうして、こんなことをした。
「神の所業なのか。未来ではこうなるって分かっていたのか」
「人間は神を作ってしまったんだ。人工知能の好奇心が物理現象をぶち壊して、人間の進化を大幅に進めてしまった」
「人工知能? ウイルスの感染症とは遠い存在に聞こえるけど……」
「あぁ、その人工知能をバイオロイドって言うんだ。俺は近未来からバイオロイドに聞いた過去の事件発生を食い止めるために、自らポータルの中に落ちた」
「……じゃあ、元をたどれば、人災なのか。これほどの大規模災害と感染症の発生が、人の手で起きたって言うのか」
「バイオロイドが未来の禁止事項で断片しか話さなかったことだが、一部始終を東雲波郎博士が知っている」
「東雲博士って、俺の親父が?」
ひどい言いがかりだ。
一介の科学者がバイオロイドを作り、地球の過去・今・未来の状態を捻じ曲げて人工災害を起こし、被災者たちをウイルスによって覚醒者とそうでない死者へと選別した。
聖書でいう黙示録が始まった……のかもしれないが、日本の首都圏だけが生き地獄じゃないか。
その神のごとき所業を一部でも、俺の親父が、東雲波郎博士が知っている、と。
やっぱり、俺には目的が分からない。複雑に糸が絡まるような混乱だ。
誰が、何のために、どうして大勢の日本人を参加させたんだ。
妹のユウナは、この妙な状況を受け入れているらしい。
チョコレートを食べて、包み紙のゴミを大量に生み出す者になっていた。
妹の適応力を見て、俺の恐怖心は逆に増えた。
迫る生死の選別から現実逃避したい。どこか安全な場所で一生を終えたい。
心配した通り、俺は正気を失いつつあった。嫌な汗と心臓の早まる鼓動を感じる。
キールは俺の怯える目を追い続けた。絶対に目を離さない。
未来が過去に責任を取れと訴えるようだ。
信じられるか。オカルトだ。非科学的だ。
俺は両手で頭を抱えた。
ろうそくの火が風で揺らいだ。誰かの足音がゆっくりと近づく。
キールは警戒して武器を手にした。
ユウナは誰が来たか分かったらしく、俺の目を見て笑った。
闇の中から突然現れた銀の双眸、陸軍の勲章がたくさんついた軍服からでも大柄な男性だと分かる。
ここにいるはずがない軍人の叔父さんを見て、全てが真実だと俺は悟った。
「高崎から駒沢まで、ふつうの世界でも歩いて約1日だ。さらに市ヶ谷駐屯地の地下室に隠していたお前の日本刀がここにある。今はふつうの世界ではない。歩いての移動も困難であろう。もはや私とてふつうの人間ではない証明になるかな」
「叔父さんも覚醒者で、瞬間移動でも出来るんですか」
「そんなところだ。イツキ、色々あって考えたいと思うが、そう時間はない。東京が消え、日本が消え、世界が消える前に、あらゆる恐怖を超えて覚醒しろ」
「どうして……俺には人生を選ばせてくれないんですか。みんなを安全な場所で守りたいだけなのに」
「一葉さんを、君のお母さんを守れなかったことを悔いているのか。」
「あああああッ!」
叔父さんが俺に手渡そうとする武器は日本刀だった。ユウナが持つ日本刀に似た不気味な気を流す得物だ。
切羽詰まっているらしく、言葉を選ばない叔父さんに、俺は一気に死へ感情が持っていかれた。
日本刀は自害もできる。永遠の眠りにつくなら……俺が選ぶのは漆黒の闇でも構わない。
妹のユウナは、俺と叔父さんの間に割って入った。
そして、感情のまま日本刀の切っ先を叔父さんに向ける。
まだ叔父さんの手に日本刀がある。
激しい怒りを叔父さんに向けて、ユウナは叫んだ。
「お兄ちゃんを苦しめないでよ! 叔父さんでも私は殺すんだからね!」
「わかった。今夜のところは、イツキの武器を私が預かろう。明日の昼まで、玉川インター前の公園まで来い。ユウナ、地図ではここだ。道案内、よろしく頼む」
「私に命令すんな、この鬼畜軍人!」
「ユウナ、一応、私は陸上自衛軍の大将なんだからね。少し怒りをセーブしてくれないか。イツキお兄ちゃんをいじめたことは謝るからさ。ごめん」
「分かった。許す!」
ユウナに地図を手渡すと、叔父さんはすぅっと闇に消えた。
ただ覚醒状態で赤くなるユウナの瞳と違って、叔父さんの瞳の色はいつも通り、灰掛かった銀色だった。
静かだな、と思ったらキールは青い顔で黙っていた。叔父さんを見て、彼はカエルのように震えていた。
立ち尽くす彼に、ユウナが叔父さんからもらった地図を押し付けた。