第19話-3 狭山湖の奥地
とうとうナガトは、この世界のルールを受け入れるしかなくなった。
ただし、彼は受け入れ条件を出した。
俺しか知らない過去をアヤセが知っていれば、彼だって事実として受け入れざるを得ない。
頭が固いナガトに対して、姉のアヤセは薄情だった。
俺が見たことを秘密にしていた、あの夏の日の記憶を暴露したんだ。
「納得いかなーい! この湖には私とイツキしか来たことないはずよ!」
「私が今、狭山の湖にいることで証明ならないかなー」
「私の父から話を聞いていれば、ここに辿り着けるわ!」
「はぁ……強情だな。言いたくなかったけど、ナガトってあの頃から女の子用の下着つけていたよね。可愛いピンク色のおぱんちゅ」
「なんで知っているのよ!」
「寝る前に『俺』が見たからに決まっているだろうが!」
「あぁ、この世界、イツキが2人なのね……」
アヤセが論破した。
ナガトは世界の事実を知るとともに、俺にパンツを見られていた過去を知ってしまった。
しゃがみ込み、地面を手の指で弄るナガトは、相当いじけている。
ナガトのメンタルを折りすぎて、困った姉が俺にも話を振る。右手の親指を立ててアピール。
煩わしく思った俺は、同タイプの姉へ辛辣になった。
「イツキ、男の身体も良いが、パンツがフィットする女の身体も悪くないぞ」
「アヤセ、それを俺に言っても無駄。今は別個体だし、俺は巻き添えにならないから。素直に、ナガトへ謝っとこう」
「うー、ごめん」
「ごめん」
今のナガトには、俺たちの謝罪の声が届かない。
それほど、彼の心はセンチメンタルになっていた。
さり気なく戻ってきたカズサが無言で、彼の肩に片手を置いて慰めた。
クモミネのじいさんのところへ、彼女は行ってきたらしい。
その彼女から、俺に伝言があった。
「イツキ、じいさんが呼んでいた」
クモミネのじいさんから名指しで呼び出される。
日本刀を大切に扱わず、折った俺に説教だろう。
俺は恐怖で身体を子供のように震わせた。
ナガトへ言い過ぎた件もありアヤセは、自責から俺に付き添ってくれると身体を震わせながら強がった。
「うわぁ、どうしよ」
「大丈夫よ、大丈夫、私も付き添うから」
あの夏、クモミネのじいさんが鉄を打つ顔、子供ながらに怖かった。
だから、夏の思い出を断片的にしか俺は覚えていなかったんだ。俺がそんな記憶しかないなら、アヤセの記憶も似たようなものだろう。
あまりに姉弟が怖がっていたので、長耳の男性も付き添ってくれることになった。
彼の口調は穏やかだった。俺はようやく彼の正体を知る。
「大丈夫ですよ。クモミネの翁どのは私どもの話にも耳を傾けて下さいますから」
「えっと……」
「あぁ、アヤセさんには名乗っていたもので、つい忘れていました。イツキさん、私はクロダと申します。カズサの保護者であり、サイタマスラムではヌシ様なんて呼ばれていますね」
「ヌシ様の命令ってカズサが言っていました。入間では彼女に助けられました。感謝しています」
「予想斜め上で、私も楽しませていただきました。まさか鉄道を使わず、徒歩でくると思いませんでしたよ。やはりサイタマスラムの中心街へ向かう道は、軍人にとって怖いイメージなのでしょうね」
「鉄道? 高崎線はうちの軍が壊したはずですよ」
「確かに、そちらの道は壊れていますね」
ヌシさんが話すには、さいたまから郡山までの鉄道路線が今現在も動いているらしい。
高崎から来た軍人が見ている景色は少しフィルターがかかっていたようだ。
徒歩旅と聞いて、姉のアヤセは信じられないという目をしていた。そうか、アヤセは鉄道旅だったのか。状況を少し理解した。




