第18話-4 サイタマスラム
その玉の中から白い煙が出ると、女将を守っていた下っ端たちは、一斉に意識を失い倒れ込んだ。
この玉っころ、神経性ガス兵器だ。
俺たちの動きを見ていた女将だけ異変に気付き、とっさに口を覆ったことでガスを吸わなかった。
「ぐえッ」
「ぐあッ」
「ぎゃッ」
聞こえた悲鳴は、意識が半端に残った下っ端たちの声だ。
時間が経って、白いガスが晴れる。
そこで、帽子ガスマスクをかぶった黒パーカー服の少女が、下っ端1人1人を靴底で踏んづけて意識があるか確認していた。
たぶん小学生くらいの年齢で、小柄な娘だ。
帽子ガスマスクを外すと、ショートカットの金髪と丸い顔、長い両耳が見えた。その瞳は赤い。
間違いなく、人の能力を超えた覚醒者の類だ。
どうやら対面で話し合う女将と少女は、スラムの統治権を争っている関係らしい。
2人の会話がつづく。先手は少女からだ。
「1人逃した。まぁ、あんたに話があるから、ちょうどいいか」
「サイタマの黒い掃除屋……ただのうわさだと思っていたが、まさか実在するとはね」
「ヌシ様はお前らを排除するように言われた。だから今、お前を消す」
「若頭、やってしまえ!」
俺が倒したくらいじゃ、タフな若はすぐに意識を戻してしまったらしい。起き上がった若は拳銃を引き抜くと、謎の少女に向けてためらいなく1発撃った。
だけど、覚醒能力を持った少女は、すでにそこに立っていなかった。
低い弾丸のように駆けていた少女が接近し服の袖をふるうと、若の右手から鮮血が噴き出して愛用の拳銃が床に転がった。
あ、黒パーカーの袖にナイフを隠していたのか。
女将が気づくころには、袖隠しナイフの少女が目の前に立っていた。少女に横隔膜の上を蹴られて、女将は膝をつくことになった。
瞬発力もあるけど、圧倒的な武力の差だ。その首筋に袖に隠したナイフを当てる。
それと同時に俺は、叫んでしまった。あまりにも一方的な処刑で、赤い瞳の覚醒者が優位になっている。
「ちょっとストップ」
「なんだ、掃除中だ」
「弱い奴らは、今殺すんじゃなくて、将来の利用価値を考えないか」
「ふむ、アメリカ的な考えだ。合理的で面白い」
黒パーカーの金髪少女は、粛々と作業をする暗殺者に見えた。
そんな仕事人が、たまたまその場にいた俺の説得に応じると思わなかった。
だから、話を聞いてくれたとき、逆に俺は驚いてしまった。
その少女は素手で、女将の頬を思い切りぶん殴った。なぜか俺の指示を真に受け入れて、機械的に淡々と話す。
屈辱で震えながら、腰砕けになって座る女将は喚いた。
「お前、命拾いしたな。今日からサイタマスラムのために尽くせ。もし命令に背けば、いつだって私は殺しにくるから」
「意味がわからない!」
「めんどくさ……。シノノメイツキ、説明してくれ」
いやいや、俺も意味が分かっていない。俺の方便を従兄のナガト以外で、まるごと信じる娘がいるんだ。
少女と俺は、初対面なんだ。
どうやら誰かの事前情報があって、俺の名前を知っているということが、少女が俺の話を聞いてくれた理由らしい。
中途半端に組織を潰そうとして俺は失敗し、少女が代行で仕事をした。
今、少女が殺すのを止めた説明責任のブーメランが返ってきて、また俺の仕事になった。




