第14話-4 竜宮城へ突入
俺の傍に、よつんばいの姿勢で耳を手でふさいで、苦しい顔をするナガトがいた。
そして、その隣には見覚えない少年が両膝をつき、生気のない目で前を見ている。
「イツキ……。妹ちゃん……」
「……なんだこれ、嘘だろ」
神様、そんなに俺を憎いんですか。どうして彼女が敵なんですか。
聞き覚えがある声って、ホウセン、お前だったのか。
彼女に裏切られた、と俺は分かった。
恐らく、妹のユウナの能力を使って、ナガトを餌に上手いこと誘導させられたんだ。
嘘だよな。これ、嘘だよな。
膝を折ったまま動けない俺は、祈ることさえできない。
ただ目を開いたまま、銀瞳を震わせるだけだ。
九州北部の時間に異常が起きていた。
この地は、永遠に7月20日を繰り返すんだ。
だから、クリーチャーは死んでも蘇る。
カシマハルヒコさんは、何度も死ぬことになる。
この死ぬことが許されない世界が、竜宮城だって言うのかよ。
理解不能を超えてしまい、ついに俺の思考は停止した。
見かねた十字架のミズキが、この状況の解説をし始める。
『亀が連れて行ってくれない竜宮城なんて、ただの煉獄だ。その魂の罪を浄化しない限り、解放されない場所。そうだろう、鹿島希望さん』
ニシオリホウセンじゃない? 目の前の彼女が、カシマノゾミ?
バイオロイド・ミズキの説明は、毎回、俺の想像を超えてくる。
黄色い髪も黄色い瞳も、今の彼女はなんだか神々しい金色に近い。
俺と同じ覚醒者が、問答無用で他人を跪けている。この不気味な神通力を使っているんだ。
悪魔は俺たちに宣戦布告した。
「竜宮城の玉手箱って、あのおじさんは不愉快な名前をつけてくれるのね。煉獄なんて甘いものでない。私はカシマノゾミ、鹿島家とそれを助けるすべてを裁く地獄の番人だ!」
「ひふッ」
「父親の七光り、ただの偽善者がッ!」
カシマノゾミが空中を鍵盤のように手の指で弾く。
どうやら個別の裁きの音だ。全体攻撃でないので、俺たちはいったん解放された。
丸くうずくまるナガトは涙と鼻水、小さく声にならない叫びを出す。
ノゾミは、ナガトの腹をサッカーボールのように蹴り上げた。
それで、彼は気を失った。
手足が動く。わずかなチャンスだ。
涙と唾液を垂れ流すユウナは、よつんばいで歩きながら、日本刀の装具に手をかけようとしていた。
「ユウナ、がんばりなさい……お兄ちゃんのため……なんだから……」
悪魔はわざと解放した。俺たちの希望を1人ずつ消すためだ。
薄く笑っているノゾミは、ユウナの背中に腰を落とした。まるで人間椅子だ。
そして、空中の鍵盤を手の指で弾いた。
また個別の裁きの音。無様にユウナは床へ潰れた。
この空間、愉快に懲罰を宣言する彼女の支配下だ。完全に弄ばれている。
「他人を蔑ろにしても、イツキのためにはがんばれるのねぇ……。でーも、許さないッ!」
「ぐうッ!」
「あーっはっはっは! 気やすく日本語を話すな、豚がッ!」
ただ仲間たちが裁かれるのを見せられた。
俺はただ怒りに震えた。
鎖で全身を拘束された竜のようだ。
何故か慌てた声で、ミズキは俺に怒りを制する。
『だめだめだめ、怒りに囚われないで! 強制同期開始!』
じゃあ、どうしろって……。
あぁ、もう。
俺の身体に、ミズキが直接アクセスしやがった。
それと同時に、俺の十字架とノゾミが身に着けたネックレスが、青く光り出した。
ノゾミの怒声が響く。
「くそバイオロイド、てめぇッ!」
暗転。
怒るノゾミ、苦しむナガトやユウナ、放心した少年の姿が、俺の目の前から消えた。
天神の教会内から、モノクロの景色に変わる。
おそらく、これはカシマノゾミが見た過去の記憶だ。




