第2話-1 京浜大震災後、駒沢の地下鉄
水没したという渋谷から歩いて離れてきた。
そのせいか、原型を保ったままの建物が増えてきた。
比較的、安全に道路も歩ける状態だ。
ただ、この辺りも他人の気配がない。
特撮映画で、これから怪獣に壊される玩具の町みたいだ。
無機質な集合体は、俺も不気味に感じる。
武器を構えつつ、じりじりと先を歩くキールは、後ろの俺に平然と言った。
大勢の人の死。平然に言おうが、俺たち生きる者の心に影を落とす。
「ここは駒沢ってところだろ。集合場所は、オリンピック公園だったはずだけど、たくさんの死体と墓地で一夜を明かすのは、俺ごめんだぜ」
「そうか。震災や感染症でたくさんの人がなくなったのか」
「新宿の焼死体、渋谷の水死体、それに大きい公園に無理やり作った仮の墓地、公共施設に死体がゴロゴロと放置されているのを見るのは、俺もうウンザリだ」
「ある程度、事実として知っているはずの未来人でも耐えられないんだな」
「過去の事象でも、当事者になるのは別の話だぜ。予期だけじゃ、心は耐えられねぇよ」
「キールも人の子なんだな」
「まぁ、そんなもんだろう」
京浜大震災発生の当時、東京都民の人口は約1300万人。世田谷区の人口は約90万人。
そう考えると、災害・疫病関連でかなりの人たちが亡くなっただろう。
キールの言う通り、公園などの広い公共施設は、遺体の収容所や墓地として利用されているに違いない。
確かに俺もその光景を見て、さらに正気を保てる自信はない。
広域災害避難所として安全な場所ではあるだろうけど、今の精神状態が崩れる可能性は多いにある。
じゃあ、どこで一晩明かそうか。うーん。俺は次の手を考える。
「お兄ちゃん、地下なんてどうでしょう?」
「そうか、地下か。……ん?」
「ん? じゃないよー。私を探しに来てくれたのはいいけど、逆に探されるのはどうなんですかー?」
「ユウナ! 生きていたのか! ……うれしいけど、ごめん」
「再会のハグしてくれないの~。あら、残念!」
黒髪はツインテール、病的な白い肌に痩せっぽちの体型。そして黒い武装服に、肩から下りる黒いマント。特警高の戦闘服ということは、間違いなく俺の妹の東雲有奈だ。
ただ、妹がいつもと違う気配だ。
赤く光る瞳のせいか、人間離れした雰囲気で、身内でも気色悪い。腰に下がる日本刀も何だか異様な気を感じる。
妹は俺に抱きしめてほしいようで、両手を広げていたが、あまりの死臭で、俺は近づけなかった。
キールは苦笑いした。俺の気持ちを代弁してくれた。
「先回りしてクリーチャーをたくさん殺すのはいいけど、まだ一般人のお兄ちゃんには受け入れがたいようだぜ」
「はぁ~。キールごときに言われるのだる~。クリーチャーを殺すのは仕方ないじゃん。毎日、お風呂に入れる環境じゃないもん」
「お前は覚醒者になって感覚が変なんだよ。まぁ、俺も殺し慣れている点でおかしいだろうけどさ」
「あー、そもそもの話かー。まずは『同期解除』。お兄ちゃんは、クリーチャーウイルスのことよく分かっていないんだ」
何かを知っているキールに注意され、ユウナの瞳の色が真紅から灰色に戻った。
それを見て俺は、妹を正しく認識できて、ようやく安心した。
だけど、別の不安も出てきた。
覚醒者? そもそもユウナは、どうやって俺とキールを探し出せたんだろうか。
ユウナとキールの背を追って、地下鉄の入口へ歩いて行く。