第13話-2 北九州市、八幡製鉄所
エルフのように尖った耳から、彼女の頬は、興奮で真っ赤になっている。まるで歌うように、楽しそうな声で彼女は言う。
「問題、私はだーれーだ♪」
『宝来夏希』
俺の声だったけど、明らかに十字架のミズキが答えやがる。
しかし、意外過ぎる答えに、俺は固まった。
え、ホウライさん?
仮に、この世界でも彼女がいるとしても、俺と面識がないはずだ。
そもそも、メタリックカラーなサイボーグパーツ見えるし、超人的な攻撃力だし。
なんで、俺は一方的に恨まれているのか。考えても分からない。
油断していた俺の前に、彼女はすでに立っていた。
あ、足速いですね。
嫌な予感がして、俺は両腕でガード態勢になる。
サイボーグ化したホウライさん、この世界で何があったか分からないけど、右ストレートのパンチ力が半端ないって!
両腕の骨が折れて、俺のガードが下がる。
そこに彼女の強烈な左フックが入った。俺のあごの骨が折れて、また口から血を吐き出した。
さすがに意識が飛びかかる。真っ白に燃え尽きたボクサーの気分だ。
地面に背中から倒れ込んだ。ここで俺はノックアウトだ。
八幡の空は、なぜか昼間のような曇天だった。いつの間にか、真っ暗な夜が薄暗い日中になっている。
あれ……ナガトと別れてから、何時間経過したんだろう。
「あ、が……」
「あんたがッ! 私を殺さなかったからッ! こんな世界で、また半端に生き残ったッ!」
ただホウライさんは、俺に馬乗りになり俺を殴り出す。
もう身体の再生が追いつかない。彼女の馬力は規格外だ。
肋骨が折れるならマシで、筋肉の繊維が切れる音や、内臓に穴が開く音がする。
ふつうの人間なら心臓が止まっているはずなのに、覚醒者の俺は自己再生で死なないので、死へ向かう苦しみを味わい続けた。
俺の血で周囲が染まっている。それでも彼女は、他人の汚い返り血より、自分の怒りの消化を優先している。
手が滑ったのか、彼女は十字架を殴った。ミズキが何か仕組んでいたのか、すごく硬くなっていたようだ。
逆に、彼女の右手首が折れ曲がった。さすがに激痛だったらしく、左手で右手を包み彼女は殴るのを止めた。
突然、彼女の目から涙が零れ落ちる。後悔をぽつりぽつりと彼女は語り出す。
その声に、ミズキが俺の真似をして返事しやがった。
とはいえ、俺は身体の再生中で、まだ話せない。
「どうして……記憶をもったままリスタートになったの……」
『この世界で君に何があったんだ』
「京極樹はね……私が東雲博士の信者にならないって言うと……ビルの屋上から突き落とした。死にかけて……ドクターヘリで病院に運ばれた」
『それ、まともな病院じゃなかったんだね』
「そうなんだろうけど……アメリカ軍基地内の病院。気づいたらね……私はサイボーグ化した化け物になっていた」
「そっか、悪かったな。ただ俺を殴り続けて、君の思いは晴れるのかな」
ミズキが時間を稼いでくれたおかげで、急速に修復した俺は自分自身の声で話すことができた。
灰銀の髪、灰色の瞳、エルフ耳のホウライさんは、蒼白な顔色になって、その身体を震わせた。
この世界で仕切り直したら、恋人に裏切られ、死にかけて、サイボーグ化した彼女の痛みは、俺に痛みを倍返すことで収まるのだろうか。
彼女の心が、俺には分からない。
仮にそれで彼女の気が済むなら、俺は不死身の覚醒者らしいし、彼女にとことん殴られるよう。
諦めて俺は笑ってみせた。
俺から離れて、彼女は立ち上がった。俺は仰向けのまま、首を動かして彼女を見た。
彼女、感情が死んだ目だ。それまでの怒りはないようで、幽霊のような低い声がした。
「私を憐れんで笑ってくれるの?」
「殴り合って分かり合えるなら、俺はそれでいいと思う」
至極真面目に俺は答えた。
一瞬、お互いに黙り込む。