第12話-3 竜宮城の玉手箱、北九州へ
和中5年8月4日0時 山口県下関。
大将の叔父さんが立って見守る中、ライトを点けて軍用車両を出発させた。
この軍用車両は、ナガトが運転手で、俺とホウセンも乗り込んでいる。
ややあって、一時停車。
下関の検問所は、軍によって限界態勢だった。
関門海峡の先へ行くことが怖い。なかなか車のアクセルが踏めないようだ。
「3人で無事に帰って来ましょう。ちょっと福岡の観光に行くわよ!」
「大丈夫や」
「あぁ、何とかなるさ!」
臆病風に吹かれそうなナガトに、意外にも一番で、ホウセンが元気づける言葉を伝えた。
出来るだけ明るい口調で、俺も応えた。
この辺に壇ノ浦古戦場がある。何、俺たちが西方浄土へ向かうには早いさ。
絶対に生き延びるんだからな。
北九州市へ入ると、かなり霧がかっていた。
車の光に気づいて、兵士が走ってくる音がした。
橋の先にいた重装備の兵士に、時代錯誤な言葉をかけられる。車の通行許可を取ったナガトが、その反応に戸惑っていた。
「ご武運をお祈りします」
「え、その、ありがとう」
北九州市門司にある軍の検問所を抜け、俺たちは福岡市を目指す。
この道を通り過ぎるとき、眠ったままの人たちを車両や車外に、ちらほらと見かけた。
亡くなっているか、ただ寝ているか、それは分からない。
福岡市内を目指す俺たちに、彼らの生存確認をしている余裕はないんだ。
ふと、教会の鐘の音のような音がした。
同時に、急ブレーキがかかる。
ナガトは引きつった顔になっている。その光景に、ホウセンもただ絶句していた。俺だけが迫る者たちが何なのか分かっている状態だった。
黒い液体をまき散らしながら迫るゾンビの群れだ。東京で見た倍以上の数、大量のクリーチャーがこちらへ向かってきた。
慣れもあって、俺は冷静に話す。
「ナガト、跳ね飛ばせるか?」
あの光景に慣れとは恐ろしい。
あ、同乗者の2人は、初体験なんだ。つい、俺の状況判断は甘くなっていた。
冷静さを欠いているナガトは全力でペダルを踏み、車を急バックし出した。
俺とホウセンは、車から吹き飛ばされないように席にしがみついた。
ナガトの正常な判断が崩壊したらしい。
必死に俺は指示を叫ぶ。ホウセンはただ叫ぶ。
「なにあれッ、生理的に無理よぉぉぉッ!」
「おい、急発進すぎるッ! ナガト、高速道路から下りろ! いったん県道に退避ッ!」
「ひいいいいいいッ!」
ここから、黒い化け物どもに追われる、俺たちの車というゾンビ映画のような展開が始まった。
福岡市へ向かうどころか、北九州市街へどんどん追いやられる。たぶん、一瞬見えた標識は小倉って書いていた。
状況整理。
叔父さんたち、軍が行った関門海峡の封鎖だ。その検問所の前に、殺到した避難民の車によって大渋滞になる。
そこで避難民たちがクリーチャー化したら、ゾンビパレードの出来上がりだ。
『ご武運をお祈りいたします』
さっきの言葉の意味が分かった。
そういえば、先ほど通過した門司検問所の軍人たちは、必死の形相で銃器を手にして立っていた。
彼らは良心を捨てて、山口県側にクリーチャーウイルスの感染を広げないため、必死の抵抗をしていたんだ。
さて、車内の俺たちはパニックの渦中だ。
夜道でライトアップされる怪物は、黒く半分溶けている。
黒い塊どもに車を体当たりさせつつ、何とか道を進んでいた。北九州市八幡の県道、また黒いクリーチャーの群れが現れた。
傍らに置いていた日本刀『六紋村正』が風をまとい唸り出す。あぁ、そうかい。俺は覚悟を決めた。
俺は低い声で淡々と話し出す。ナガトは俺の意図に気づいた。
「ナガト、山沿いは比較的、化け物に遭遇するリスクが低いだろうさ……」
「イツキ、馬鹿な真似はよしなさい!」
「夜道で、お化けと鬼ごっこしてくるわ! また後でな!」
「ちょっと!」
『同期開始』。
囮になるため、俺は夜道に飛び出した。
そうしないと、優しすぎるナガトが進めない。
クリーチャーどもは俺に気づいて、こちらへ向かってくる。その間、ナガトたちを乗せた車が走り去っていった。