第12話-1 竜宮城の玉手箱、北九州へ
和中5年8月3日。何でも作戦前日らしい。
防府を離れた俺たちは、陸上自衛軍の山口駐屯地に移った。
今、日本中が電力不足で供給制限下だ。
どうやって回線をつないだか分からないけど、何台かのネット画面が見える。広島基地、防府基地、下関基地、と山口駐屯地の4か所で会議が始まっていた。
俺たちがいる山口駐屯地、椅子に座る将兵たちはどこか落ち着かないようだ。
特別な会議に召集されたんだ。下っ端の俺は空気が読めず、期待でワクワクしていた。
一方で、ナガトとホウセンは、他の軍人たちと同じく顔色が悪い。
軽くため息を漏らしたナガトは、俺の耳元でささやく。
「イツキ、あなたのハイテンションがおかしいのよ。私の父を信頼してくれるのはうれしいけど、ここは安心できる場所じゃないわよ」
「ようやく役に立てるような気がしてさ。うれしくて、つい」
「逃げてばかりの私たちが役に立てるのかしら」
「役に立って、昇進しようぜ」
「殉職して、特進しないといいわね」
ある程度の話を事前に聞いていた、班長のナガトは顔色が悪い。
意味のわかっていない俺は、軍で役に立ちたいという気持ちが逸っていた。ビビりのホウセンは無言で、両手を合わせてそわそわしている。
陸軍大将として、今回の作戦を指揮する叔父さんが、壇上と画面に現れた。
和中5年7月19日
九州大学附属福岡研究所へ、生物兵器を隠している疑いがあり、陸軍の特殊部隊が潜入した。
疑いのある研究者を含め、すでに館内に誰もおらず。怪しい兵器も発見に至らず。
同日の夜、突入した隊員たちが謎の頭痛、めまい、吐き気に襲われる。
その夜のうちに、症状があった隊員がクリーチャー化する。
処理後、朝を迎える。福岡市内で謎の疫病が発生していた。
春日駐屯地に応援を打診。
当部隊と春日駐屯地の部隊、合流の時間にわずかながら誤差があると、当部隊の隊長 (以後、隊長)が指摘。
人間が耐え難い『時差酔い』が起きており、ウイルス感染が微小でもクリーチャー化に至ると推測。
時間の門の強い干渉を福岡市内は受けている状態であると、隊長予測。
福岡市外へ市民の脱出を行う。
福岡市民を受け入れた佐世保、熊本、北九州でクリーチャーウイルスが蔓延する事態になる。
隊長の判断で、南九州へ至る交通網及び関門海峡を封鎖。
九州北部では、時間の流れが安定せず、現在に至る。
その陸軍の特殊部隊を率いていた隊長、クモミネ大将は説明を続ける。
口調はいつも通り、淡々としていている。ただ作戦内容を明かさず、まず作戦後の予想生還率の低さを告げる。
会場内と画面の向こうで、軍人たちが階級問わずにざわついている。
「私の体感では、今日は7月20日なのだ。時差酔いを受けた者は軍人であろうと、肉体が耐え難い苦痛を受けた上に、約7割の確率でクリーチャー化して死に至る。つまり本作戦では、ここにいる3割の軍人しか生還できない」
ポータルがあると推定される福岡市内周辺は、7月20日で時間停止状態。
おそらく『竜宮城の玉手箱』のようなものがあると推定。
この『玉手箱』の破壊を第一の目的とする。
そして、未だに福岡市内に居座る、鹿島元春首相を救出も同時に行う。
当作戦は、『浦島太郎救出作戦』とする。
これより24時間後、当会議参加の軍人のうち、志願兵のみで当作戦を行う。