第11話-3 大阪から西へ
西東京の特警高時代の俺は、妹のユウナ以外で、全く女子人気がなかった。
どちらかと言うと、先輩弄りの激しさで男女問わず2つ下の後輩どもに手を焼いた。
黒板消しが教室のドアの上から、俺の頭上に落ちてくるのは優しい方の悪戯だ。
何度も、落とし穴に落とされたし、ブービートラップに引っかかり校庭の木に逆さ吊りにされた。
しまいには、後輩一の問題児だった美羽の奴が、サバイバルナイフを振り回して俺が逃げるという決死の鬼ごっこもあった。
特警高に在学中の俺は、よく高クラスの成績を維持できたと思う。
だから、トラウマもあって、俺は年下の子を信じられない。
数か月前の俺は、かなりツンツンした冷たい態度の先輩だったと思う。
一方、心優しいナガトはオネエ口調だけど、バディ以外の高校生の後輩にも、お悩み相談で人気があった。
大阪在住が長いナガトでなく、東京から逃げてきた俺を、なぜか彼女は選んだとだけ思っていた。
そして今年の4月、臨時であったワクチン接種の副反応で、アナフィラキシーショックを起こした彼女を、バディの俺は蘇生措置で何とか命を救った。
それから彼女の俺への反応は、ずっと余所余所しい気がする。
今、彼女はようやく本心の一部を教えてくれた。
他人から俺は恋をされていたのか。今さらだけど、うれしいやら、恥ずかしいやら。
先日の大阪の話も今は理解できる。彼女の心を読んだナガトと、俺の頭を引っぱたいた佐藤教官の気持ちが分かった。
はじめて顔を真っ赤にした俺は、鈍感な過去の自分を恨んだ。
夕日のおかげで、たぶんお互いに真っ赤な顔はバレずに済んだ。
「うち、はじめてのキス、先輩でよかった」
「春の……救命措置の話……だよな……」
「ははは! 先輩、本気にしいひんで! おちょくっただけやさかいに!」
「また同じ運命になっても、俺はお前を助ける。だから、俺と一緒に生きよう」
「うれしい……せやけど、もう受け取れへん」
ここでようやく引けなくなった俺は、真面目に返事をした。
でも、答えはNOだった。ホウセンの黄色い瞳が震えている。
真っ直ぐに俺を見ていない。デリケートで繊細な彼女の心に、土足で俺は入り過ぎた。
俺への恋心を彼女は伝えたかったわけでない。その裏の心情を俺に伝えたいけど、今は出来なかったらしい。
恋心の奥、俺に見えない乙女心は難しい。
彼女が俺の軍服に縋り付いても拒否しない。
自分の服が彼女の涙で濡れていた。その気持ちをいつまでも受け止めたいけど、なぜか俺たちには時間がないように思える。
曇り空を一面オレンジ色に染めて、一瞬射した太陽もすぐに海へ沈んでいく。今の俺には切なかった。
ここにあったはずのわずかな光でさえ、漆黒の闇へ溶けていくように思えたからだ。
光が薄い灰色の世界が行く先だ。なんとなく未来の想像がつくんだ。
福岡の方へ渡ったとき、俺が想像するより過酷な運命が待っているんだろう。