第1話-4 京浜大震災後、東京都渋谷区のはずれ
東雲有奈は、俺と2歳違いの妹だ。黒髪ツインテールで色白の肌、少し瘦せ気味なのが心配だった。
東京西部にある特殊警務高校という、消防の災害救助隊、警察や軍人の基礎養成をする高校に行く秀才かつ変わり者だ。
たとえば、特殊警務高校を卒業して軍人コースを選ぶと、関西防護大学や関東防衛大学のエリート層に食い込めるレベルになる。
そのまま軍隊に入り、幹部候補生として、国防の中枢を担う人も多い。
一般認識としては、そこまでストイックな学生は少なかった。
現代の日本は国内の犯罪率も少なく、他国との外交努力もあって戦争状態でもない。
逆に、平和な日本には自衛軍は過度な軍事力と、海外から揶揄されることもあるからだ。
叔父さんもそうだし、妹のユウナもそう、途中まで俺も、特警高から自衛軍になる国防の道を選んだ。
俺たち兄妹が、年少の頃に見た東北地方の大震災も、他人を助けたいという気持ちを強くした。
ただし今の俺は、その道からドロップアウトしていた。
ある事件で、暴力を使える者は他人を簡単に殺せると気付いたせいだ。
過去から今に、脱線した話を戻そう。
キールが妹を嫌がっていても、だ。
こんな世界になっても、身内が生きているのは、俺にとって生きる希望だ。
「よかった……」
「そいつはおめでとう。俺は嫌だけどな。お前の妹、かなり性格悪いぞ」
「そうかな?」
「そうだよ! 世界でただ1人の兄貴だけに優しい妹なんだよ!」
俺には優しすぎる妹だった。今だって助けを呼んでくれた。
だけど今、キールが妹を嫌がる理由もよく分かった。
ユウナには極端な人見知りがあった。場合によっては、他人に憎悪を向ける娘だった。
彼女の家族偏愛からの罵声はひどいものだった。
親父と母さんの離婚が決まったとき、仙台の皆月家に戻った母さんを彼女は言葉で間接的に死へ追いやった。
直接的には母は投身自殺なので、妹のユウナに全ての罪があるわけではない。
ただ軍人の見習いの暴言だって、一般人には耐え難い暴力である。
妹のユウナと、母さんと、それぞれの中立の立場しか、あのときの俺には取れなかった。
もし仮に、もう1人俺がいたら、中途半端な立場にならずに済んだのかもしれない。
過去を変えることなんて出来ないのだけど。
家族の崩壊を止めなかったから、当時まだ高校生だった俺にも罪はあるんだ。
どんなに力があっても、自身の家族を殺した暴力を俺は許せない。
だから、軍人ではなく医療従事者の道を選んだ。
今の景色が何も映らない灰色の瞳で過去を見るのが、俺の癖になっている。
十字架の首飾りは、もう離さない。大事に服の中へしまう。
俺は寂しい目をするのを止めた。母さんを失った過去は戻らない。
『お前、他人の罪を背負って生きるのか? もったいないぞ』
頭の中に浮かんでくる言葉を宙に投げ捨てて、俺は前に進む。
切り替えの早い奴、先を行くキールの軍靴を追った。
今夜を乗り切るため、安全な場所で、妹のユウナと合流しよう。