第11話-1 大阪から西へ
そこは軍人、話の切り替えは早い。
教官は咳払いをして、大事な話をする。ナガトは一瞬、目をつぶってから返事をした。
「俺は今、関西防護大学を預かる身や。福岡には一緒に行かれへん。自分らに任せることになる。たとえ何らかの罠だとしてもや」
「佐藤教官、ナガト曹長、慎んで任務をお引き受けいたします」
佐藤教官とは、大阪でお別れだ。
ナガトの敬礼に合わせて、俺とホウセンも敬礼をする。
煙をあげていた車は修理が間に合わなかったので、代わりの軍用車用を佐藤教官が手配してくれた。
律儀に見送りへ来た教官に、俺たちは笑顔で応えた。
「クモミネ、シノノメ、ニシオリ、気ぃつけいや。唐揚げが美味いかどうか、分からんくなったらあかんで」
「はは、また飯食わしてくださいよ」
俺は口にしたほど冗談でなく、本気でまた佐藤教官が作った唐揚げが食いたい。
乗車する俺たち、後ろで佐藤教官が寂しそうに手を振っている。
ナガトが黒いサングラスをかけて、軍用車用のエンジンをかけた。
俺は日本刀を抱えて席に座り、車の進む動きに身体をゆだねた。ホウセンが隣に座り、そわそわと両手をこすり合わせている。
被災地になってしまった大阪を離れる。
軍の任務とはいえ、被災地の支援を中途半端にしていく。ふいに俺の頭の中で、大阪で被災者と明かした夜の思い出が蘇る。
その寂しさで心が満たされないように、俺は意識を西へ向けることにした。
アメリカンな街並みを車が走る。
第2コザ市と揶揄される広島だ。この港町にある在日アメリカ軍の基地に、ナガトは立ち寄ってくれた。
「イツキ、広島基地に寄るわよ」
「流石、ナガトは気が利く。そういえば野暮用があった。2人ともちょっと付き合ってくれ」
黒サングラスの向こうで、俺の心は読まれていた。
個人的な用事に、ナガトとホウセンを付き合わせることになる。
ナガトがクモミネ大将の息子で、俺がその甥であると、無茶苦茶な英語で捲し立てる、と在駐アメリカ兵は戸惑いながらも俺の要件を聞き入れてくれた。
雲峰大将の権限は、今の日本がこんな状態でも、アメリカが無碍にしない程度あるようだ。
「イツキ、待たせたね。キール・トッシュという軍人は駐日軍にいないようだ。お役に立てず、すまないね。サークラウドによろしく頼むよ」
「そうですか……、ありがとう。大将に伝えておきますね」
情報をくれたアメリカ兵と俺は握手を交わす。
ただ、探し人のキール・トッシュは、在日米軍には所属していなかった。
心のしこりは取れた。キールの奴、この世界のどこかにいるのか、もしくはいないのか。
広島湾から見える空を眺めていた。
俺の悩ましい表情を見て、ホウセンが励ます。
「先輩って英語話せるんやな」
「あぁ、中華語も合わせて、3か国語は話せるな」
「さっすが、うちの先輩や。で、キールって誰や?」
「あぁ、キールは行方不明の……友達かな。在日アメリカ軍に、彼はなかったみたいだ」
「また会えるとええなぁ」
「この空はつながっているからな。また会えるさ」
和中5年7月末、相変わらず曇り空だけど、広島の海は凪いでいる。
とても穏やかな景色だった。
俺の心の荒みようからすると、今の時間は平和すぎる。だから、まだ序の口だと言っているような気もした。
ややあって、ナガトは西へ向けて車を出す。
俺たちは、山口の防府基地まで来た。ここは航空自衛軍の基地だけど、陸上自衛軍の臨時本営がある高崎と連絡を取ってくれた。
ここで叔父さんを待つために、2週間以上、俺たちは待機となった。
和中5年8月を迎えていた。
忙しい叔父さんは、まだ現れない。新兵である俺たちの不安は募るばかりだ。