第10話-3 大阪、後日談
救護テントがあった医療検査場には、佐藤教官の姿は見当たらなかった。
俺の同期の衛生兵にも、佐藤教官を見たか聞いたけど、今朝は見かけていないとのことだった。
まさかと思い、大学の講義棟の中にある教官室へ行く。
ここで正解。
暗号文を解読する教官と、それを見守るホウセンがいた。
教官は少し疲れた笑顔で、俺たちを手招きした。
この手の秘密暗号文には口外に関する軍紀があるだろう、とナガトは深読みして黙る。
だけど、俺は興味本位で尋ねた。当然、ナガトは渋い顔をした。
人たらしの教官は、そこまで細かく気にしないタイプだ。
「佐藤教官、おはようございます。ずいぶんとレトロな暗号通信ですね」
「おはようさん。せやねん。本営さんが俺宛に暗号文を寄越してん。」
「何が書いてあったんですか」
ミズキに言われて、俺は薄々と感じていた。次の派兵先だろう。
それで正解だった。
簡単に言うと、福岡に入った鹿島首相の警護をする任務だった。
ナガトは意味が分かったらしい。ただ、その意味を深く考えるために黙った。
俺はナガトの肘を小突いた。
察しの良い情報屋さんに黙られると、俺には真意が分からない。その理由が曖昧でも、ナガトの直感が正しいことは多い。
佐藤教官に目配せをしてから、覚悟を決めて彼は重い口を開く。彼は根っからの軍人気質で、発言の順番など上下関係を大事にする。
「胡散臭いのよ。私たち見習いとは言え、軍が日本国内で要人警護をするのは過剰な任務じゃないかしら」
「あー、言われるとそうだなー。戦場でもないし、警察の案件のような気がするなー」
「適材適所、職務越権を起こさないって暗黙のルールよ」
「でも、俺たちの班に本営からの任務命令なんだよな」
「それもおかしいでしょう。例えば、特殊作戦群までとはいかないでも、場数を踏んだ軍人に頼るでしょう」
拾った情報を冷静に分析しているナガトは、流石、雲峰大将の息子だ。
一方で、危ない橋と分かっても突き進むのは、東雲一族の俺が持つ悪癖だ。
運命に試されている、と俺の勘が言うんだ。何だか、心が燃えてくるようだ。
それに叔父さんだって、本当に危険があれば、瞬間移動して止めに来るだろうさ。
「ふーん、そうかな。何か理由があって俺たちの方が役立てるのかも。ナガトは、親父さんを信用できないのか」
「そんなことないわよ! お父さんがいないと日本はとっくの昔にペッタンコよ!」
「俺も叔父さんを信用している。それに必要あれば、俺の目の前に現れるだろうさ」
「はぁ、罠と分かって進むのも、私たち軍人には貴重な経験ってことね。……で、どうしてホウセンの目は動揺しているのかしら」
ん、ホウセンの動揺って。ナガトは視野が広い。
おかしな軍令で佐藤班が紛糾しているのに、さっきからホウセンは黙り込んでいた。
一番、茶々を入れそうなのにな。今朝の彼女は不思議なほど静かだ。
彼女の黄色い瞳の奥を覗き込んだ。その心を読んだナガトは、急に真っ赤な顔になった。
俺は何か分かったのか、とナガトに聞いた。
「何か分かったのか?」
「うーん、分からない。もーう、分からないってことにしたいの!」
「もう少し、俺が分かる日本語にしてくれないか」
「乙女心は読んでも言わないの! イツキは鈍感なんだから!」
朝から密かな思慕をして呆けていただけ。
で、誰に? 鈍感な俺は困った顔だ。
ナガトの反応に気づき、今度はホウセンも真っ赤な顔になる。
お花畑。真っ赤な顔が2輪だ。
ここで察した佐藤教官が無言で、俺の頭を引っぱたいた。
佐藤班で、俺だけ空気読めていないようだ。