第10話-2 大阪、後日談
上体を起こした俺は、カーテンを開ける。
想像通り、深刻そうな顔のナガトが立っていた。えーと、まずはお礼からだ。
「ナガト、運んでもらって悪かったな」
「いいえ、何もよ」
「何か、気まずいことがあった?」
「夕べ、ヨツジ君が熱を上げたけど、何ごともなく解熱したわ。ウイルス感染したわけじゃなさそうね」
さっき、ミズキが俺に言った通りだ。この災害後で、クリーチャーウイルス感染者はいない。
言葉を選びながら話すナガトが珍しいので、動揺した俺は上手く返事ができない。
亀の化け物を倒した俺は、一応、ウイルス感染者だ。一般の軍人には、化け物みたいな能力者が、ただ不気味なのかもしれない。
うーん、それは違うようだ。彼の思いを、鈍い俺は察し切れなかった。
お互いに、つらい表情が余計に悪くなる。
「そうか……、ナガトは俺みたいな覚醒者を不気味に思うのかな」
「そうね、覚醒能力って不気味ね。その十字架さんはミズキさんって言うのね」
「え、何で……」
「私の能力は、他人の心が少しだけ分かるのよ。そう、半分だけ覚醒者の能力が使えるの。ほら、右瞳赤いでしょう」
「そっか。それで俺の心を読んだのか」
「もう私に隠しごとはしないでね」
「むしろ、隠しごとしようかな。話さずにお互いの意思疎通が出来るなら、俺はそれでいい」
「はは、何それ。対等じゃないわよ。あなたは私の心が読めないでしょう」
「対等になれるように、俺も覚醒者としてがんばってみる」
ナガトの右瞳だけが真っ赤になっている。間違いなく、俺たち覚醒者と同じ存在だ。
元々、他人の機微にこいつはすぐに気づくから、その覚醒能力に俺は気づけなかった。
おそらく、ソウジ少尉から班長を任されてから、度々、彼は俺たちの心を読んでいた。
だから……あのとき、あなた達の気持ちを受け止め切れないと、俺たちに弱音を吐いたんだ。
この災害時では軍人とはいえ、自分の考えで手一杯になる。そこに覚醒能力を使うと、他人のネガティブな感情が流れてくるんだ。
俺なら耐え切れずに、胃の中身を全部吐き出しそうだ。
良い面では、他人が隠した情報を自分の都合よく収集が出来る能力だ。
ただし、能力の使い方を間違うと、ひどく自分の心が傷つきそうな能力だ。
俺が言いたいことは、彼の心が情報過多で壊れないように生きてほしいということだ。
その言葉をまんま、様子をうかがうことを止めたミズキの奴が奪った。
『ナガト、情報過多に注意。他人の心よりも自分の心を優先ね。イツキより優秀な君には、余計なお節介だろうけどさ』
「改めて、十字架が話すと不思議ね。私にもご指導お願いね、ミズキさん」
『うん。それから君たち、次は西に向かうと思うよ。私はしばらく黙るから、じゃあね』
「西?」
俺たちが西へ向かうことになると、ミズキの奴は一方的に言うと、物言わぬ十字架に戻った。
無機物の心は、ナガトの能力でも読めなかったらしい。どうせ人工知能の心を読んだところで、0と1の羅列だろうさ。
とりあえず、この大阪で俺たちが出来ることからだ。
まだ頭がスッキリとしない。だけど、俺はベッドから出て、立ち上がることにした。
ナガトは「大丈夫?」と口にして、片手を差し出す。はは、察しが良くて、頼れる相棒だ。
差し出された手を受け入れて、また俺は立ち上がった。
佐藤教官のところへ、俺たちは歩いて向かうことにした。