第10話-1 大阪、後日談
ややあって。
約1日間で、いつも俺が帰る場所はなくなっていた。それが大災害の後だ。
俺たちを乗せた船は、伊丹の端に仮設した港へ到着した。関西防護大敷地内に、仮設で大規模な医療検査場が出来ている。
怪我人の手当がメインだが、ここで息を引き取った遺体も見られた。
やはり俺の救えた命は多くない。やるせない気持ちになる。
そんな俺とホウセンの姿に気づいて、泣きそうな顔のナガトが駆け寄ってきた。
「イツキ! ホウセン!」
「ナガモン!」
「あ、ナガ……」
俺は軽く手をあげたつもりが、急に立ち眩みがした。
ホウセンとナガトが叫ぶ声がして、すぐに俺の視界が真っ黒になる。
「うわ、先輩! ナガモン、どないしょ!」
「落ち着いて! 救護テントに運びましょう!」
情けないことに、俺は失神したようだ。
2人によって、救護テントへ俺は運ばれたらしい。
完全に体はオーバーワーク。
そこに心労がどっと来て、俺はまた倒れてしまった。
さきほどの自信は、ただの慢心だった。
覚醒能力をまだ完全に、俺は使いこなせていなかったんだ。
不思議な話だけど、関西地方ではクリーチャーウイルス災害が併発しなかった。
クリーチャーらしき化け物は、あの巨大亀みたいな化け物だけだった。
―――
目が覚めると、当然、和中5年7月23日の朝だった。
何でもない朝ほど、ネガティブな気持ちがひどくなる。
前日の夜から休んでいた脳が、大量の情報処理結果をぶっきらぼうな感じで、翌日の朝に俺へ突きつけるからかもしれない。
あぁ、大阪が水没したんだ。夜明けを迎えられなかった人も多くいただろう。
救護ベッドの上で、俺は横になっていた。灰瞳の目から頬に涙が伝った。
不意に、十字架のミズキが語りかけてきた。
天井を見つめるのが精一杯の俺は、曖昧に笑うことしかできない。のどに言葉が詰まるんだ。それでも詰まりながら言葉を口の外へ出す。
『本気でためらわなくなったとき、イツキは死んじゃうかもね』
「……はは、慰めてくれないのかよ」
『イツキは覚醒者だけど、元々はクリーチャーウイルスの感染者でもある。良かったじゃん、楽に死ねないね』
「ひどい奴」
『京阪神と福井で発生した災害では、被災者でクリーチャーウイルスに感染しても発症しなかった人だけみたい。だから災害関連死はあっても、二次的な感染で不幸な死に方はなかったようだよ』
「……?」
俺に辛辣な言葉をかけながら、急にミズキは本題を話す。
東京とは違って、大阪ではクリーチャーウイルス関連の二次災害が全く起きていないようだ。
でも大災害には、ウイルスをまき散らす時間の門がかかわっているんだろう。
不幸中の幸いだけど、寝ぼけた俺には意味が分からなかった。
『不顕性感染という状態。言った通り、ウイルスに感染しても症状が出ないことだ』
「何年後か、いずれ発症するのか?」
『しない。そのまま、ウイルス抗体になる。大阪の人たちは、過酷な環境に上手く適合できたんだね』
「そうか。良かった」
『でも、自然界ではウイルス変異で強毒化することがあるからね。その例外だけ、頭の片隅に置いておいて』
「あぁ、知らせてくれてありがとう」
人目を避けた夜でなく、朝にミズキが話しかけることは珍しい。
その危険を冒してまで、心が衰弱している俺の心配を人工知能である『彼女』はしたようだ。
マザーバイオロイドの干渉が薄くなっているから、とツンデレな『彼女』は言いかけて黙り込んだ。誰かに話を聞かれていた。
あぁ、なるほど。白いカーテンの向こうに、黙って立つナガトの気配がする。えぇと、何でナガトだって、俺は分かったんだろう。