第9話-4 関西海峡 沈む大阪
血生臭い気配が和らぐと、俺たちは少し息が出来るようになる。
ただ、でも……こんなとき、なんで事件が次々と起こるんだよ。
ナガトの震える左目が見え、隣の俺に叫んでいた。
「ねぇ、ホウセンとヨツジの坊や、どこに行ったの!」
導かれるように十字架を握ると、ホウセン猫とヨツジ君が海上に漂う姿が、俺の脳裏に浮かんだ。
急すぎる船の操舵で、海上に振り落とされたとすぐに分かった。ミズキの奴め、この事態を俺に知らせやがって。
ただ怒る前に、覚醒者として俺はやることがある。
十字架から手を離した俺は、湧き上がる感情を殺した声でつぶやく。
『同期開始』、と。俺の灰色の瞳が銀色に染まる。
小型船を飛び降りる。先ほどいた新世界の海を目指して、海面を俺は速く走った。
水面を走る。
その昔、明智左馬之助光春という戦国武将は、琵琶湖の湖面を馬に乗って走ったそうだ。
馬が無くても、高速移動できる覚醒者の俺なら造作もない。
さっき俺に、十字架さんことミズキが見せた映像の通りだった。
ホウセンは猫の姿になり、ヨツジ少年とともに、海面に浮かぶ板の上にいた。
周囲が殺気立っている。海面の下で、超大型の黒い影。琵琶湖の化け物の気配がある。
だから、2人は息を殺しているようだ。
その2人の頭上を、俺の影が越える。俺が叫ぶと、亀の化け物の頭が海上に現れた。
「亀野郎、俺はここだぞッ!」
俺は空中で横回転して抜刀し、化け物の頭に叩きつけた。
奴への手応えがない。それどころか、俺の手はしびれていた。こいつの体、装甲車並みだ。
少し遠くから、ホウセンの叫ぶ声が聞こえた。
「先輩!」
「こいつの頭、超硬ぇッ!」
空中で俺は反転し、海の沈みかけのビルの頭に着地した。怒り狂った化け物が、建物に体当たりする。
うわわ。日本刀で片手が塞がれている俺はバランスを崩し、海に落ちかけた。
だけど、高速移動ゾーンに入った俺には、全てがスローモーションに見える。
化け物が悠長に口を開くのが見えたんだ。ユウナが言った通り、慣れるとクリーチャーの動きはかなり遅い。スロー過ぎてあくびが出るぜ。
「俺を食おうと口を開いたのが、お前の敗因だッ!」
俺は宙で反転し、刀に滞留していた風の塊を化け物の口の中へ叩き込んだ。
亀のような化け物の体内を風の弾がギザギザに回転して通過した。奴の体内はズタズタにされて、海中に沈んでから身体を爆発させた。
海の化け物が爆ぜると、赤い水柱が起こった。
その間、猫化したホウセンが俺の肩に飛び乗り、俺はヨツジ君の腕を引っ張り上げて、宙へ高く飛んだ。
俺は空から大阪の海を見下ろす。
予想していたが、佐藤教官の船は見当たらない。
まぁ、仕方ないよね。
俺は2人とともに、近くの高層ビルの屋上へ着地した。
赤い水柱を見ていた被災者たちから、歓声と拍手が起こる。
猫から人へ戻ったホウセンが、俺に抱き着く。俺は瞳の色を灰色に戻す。
「先輩、さすがや!」
「いやぁ、感覚で出来るもんだな。よかった。さて、同期解除と」
沈みかけているビルの屋上で、被災者たちと救助艇を待つことになる。
こんなときだからこそ、大阪人と俺たちは明るく語り合い、暗い夜を明かした。
日本列島がこんな状態じゃない世界線で、地元の球団がセ・リーグ優勝した話は面白かった。
六甲おろし、元気が出るなぁ。