第9話-2 関西海峡 沈む大阪
俺たちはエンジン付きの小型船に乗り、関西海峡を駆ける。
もちろん、被災者救助のために大阪市街地へ向かっている。
海へ船で出られたのは、佐藤教官が趣味の海釣りのため、小型船舶免許を持っていたからだ。
正規の軍人は特殊な運転免許を色々持っているんだな、と俺は羨ましく思った。
そこじゃないわよ、とナガトは、俺のツッコミした箇所へ駄目出しする。ホウセンも真面目に、ウンウンと首を縦に振っている。
じゃあ、どこにツッコミを入れるの? さっさと降参して俺は、彼らに尋ねた。
「あの頭が固い海兵さんが、佐藤教官に頭を下げて、エンジン付きの船を貸し出したのよ」
「おう、名ばかりやけど、俺が陸自の大佐やからな!」
「佐藤教官……大佐でしたのー! ひゅー、佐藤大佐!」
「そう改められると、恥ずかしいねん! 自分、おちょくっとんか!」
ナガトのからかいに、軽く怒る佐藤教官。でも、操舵はしっかりしている。
よく考えれば、将官が先陣切って各地へ災害派遣している中、関西防護大学と駐屯地の留守を預かるのは佐官だよな。
それに、海上自衛軍の軍人にも無理な話が通るくらいなのは、階級がかなり上で雲の存在だとも予想がつく。
それなのに、人懐っこい教官なのは、大阪人の良さなのだろうか。
東京の方、俺の在籍した特別警務高校だと考えられない。当時のソウジ教官でさえ、階級は指導軍曹だった。
義理と人情の国は考え方が違うな、と良い意味で俺は苦笑いした。
船の信号を読んだ佐藤教官は、小型船を海上で停めた。
別の船が高速接近していて、向こうが先行するようだ。
黒い武装服を着て銃器を手にした連中が乗った高速移動艇が、俺たちの乗る小型船の横を通り過ぎていく。
その連中は何だか殺気立っていて、災害派遣というより、どこか戦争にでも行くように見える。
最後尾の高速艇だけは、ゆっくりと俺たちの船に近づく。
眉間にしわが寄った厳つい顔の屈強な男性軍人が、佐藤教官に話しかける。
傍から見ると、海の鯱が陸の熊に話しかけているような感じだ。
「なんだ、佐藤か。悪いが先を行かせてもらう」
「なんや自分、広島の海軍特殊作戦群、三笠少将やないか。被災者救援とちゃう武装しとるやがな!」
「佐藤、俺の方が階級は上だ。なぁに、ただの害獣駆除だ。お前らはちんたらと人でも助けていろ」
「害獣駆除ってなんやねん!」
「佐藤、言葉遣い。まぁ、その足りない頭で考えろ。急ぐんで、じゃあな」
険しい顔のまま、ミカサ海軍少将は佐藤教官に吐き捨てて去る。
特殊部隊隊長の彼が乗る艇は、速度を上げて、先行艇の後を追う。
広島の特殊部隊が災害派遣、今どういう状況だ?
残された小型船の俺たちは腕組みをしながら、足りない頭で考える。
ハッとしたホウセンが、黄色い瞳を震わせて、怯えながら口を開く。
その嫌な予感を話すために、彼女は勇気を出したんだ。
「あ、あのぅ、琵琶湖の怪物ちゃいます? 決壊した波に乗って大阪に来たんや」
「うわさの人食いモンスターか。そないなモンうわさ話やと思うとったな。やけど、東京のバケモンの件もある。みんな気ぃ引き締めて行くで」
「はい、佐藤教官」
その時、向こうから連続した銃声が鳴り出す。
あぁ、最悪だ。
本当に琵琶湖のモンスターがいるのは確定だろう。
何だか、俺も嫌な予感がするんだ。
腰に下げた日本刀に風が滞留しているのだろうか、キィキィと唸り始める。
これがミズキの言う、覚醒者の直感だろうか。